2008年08月31日

「舞人五井輝を偲ぶ会」に参列した

 今年の5月10日、63歳で舞踏家の五井輝さんが癌で亡くなった。ご本人の希望で、葬儀は身内だけで終えたという。
 きょう、踊りの仲間である武内靖彦さん、大森政秀さん、田中泯さんの呼びかけで中野富士見町のPLAN−Bで『舞人五井輝を偲ぶ会』が行われた。
 参列者全員の献花のあと、舞踊批評家の合田成男さんはじめとする何人かの方がスピーチされ、五井さんの舞台のスライドやビデオが上映された。その後、合田さんの音頭で献盃がおこなわれ、お酒や料理が振舞われた。参加者は静かに、あるいは少しにぎやかに五井さんを偲んだ。
 
 スピーチの中でも話題になっていたが、PLAN−Bは80年代に五井さんの『納屋シリーズ』の公演がおこなわれた場所であり、土方巽さんが五井さんの踊りを初めて見た場所でもある。土方さんが五井さんの踊りを見た現場には私も立ち会っているので、そのことについて少し書いておく。
 その頃私は、PLAN−Bで行う映像と談話によって土方巽さんと暗黒舞踏を紹介する企画のため、目黒のアスベスト館に通い、たくさんの写真やポスターやチラシそして小道具などを、スライドと8ミリで複写したり撮影したりしていた。その日はたぶん早めに作業が終わったのだと思う。木幡和枝さんもいた。土方さんが「きょうはPLAN−Bでなにかやっていますか」と尋ねてきた。木幡さんが五井さんの踊りがあることを伝え、五井さんについて手短に紹介した。「じゃあ見に行こう」ということになり、土方さんと木幡さんと私とでタクシーに乗り、アスベスト館からPLAN−Bに向かった。その、あまりのフットワークの軽さに驚いた。あるいは、土方さんは事前に五井さんについてなんらかの情報を得ていて、その日公演があることを知っていたのかもしれないが、今となっては本当のところはわからない。
 踊りが終わると、土方さんは真っ先に拍手をし、延々と拍手をし続けた。
 きょう偲ぶ会で木幡さんとこのときのことを話したら、「そのあとどこで飲んだっけ」と聞かれた。当時の状況を考えると、1階にあったTHE SHOPでまず飲み、それから河岸を変えたのだと思う。私はしばらくして帰ったのでわからない。五井さんと土方さんは夜通し語り、飲んだはずである。
 次の日、作業のためにアスベスト館に行き芦川羊子さんと準備をしていると、土方さんが木幡さんといっしょに戻ってきて、「芦川、きのう素晴らしいものを見たぞ」と、五井さんの踊りについて語りだした。
 映像と談話による土方巽と暗黒舞踏の企画は、1983年の1月と3月に行われているので、その前にあった五井さんの公演を調べると1982年の12月27日か、83年の2月22日のどちらかである。
 
 偲ぶ会に参列して感じたのは、油断していたということだ。
 同じジャンルのアーティストの活動は、できるだけリアルタイムで追いかけるようにしている。それでも見逃すことは多い。だが、異なるジャンルとなるとついおろそかになってしまう。
 私は、舞踏の世界に五井さんがいることに安心していたようだ。様々なジャンルに何人かそういう人がいる。この世界にこの人がいれば大丈夫だといったらおかしいが、どこかでそんな信頼感を勝手に寄せているアーティストが。信頼することで安心してしまい、その人の活動をフォローせずに済ませてしまう。
 さらにいえば、地道に活動を続けている人の努力を忘れ、地道にやり続けているからいつでも見れると、どこかでそんな油断をしてしまっている。
 五井さんのスライドとビデオを見ながら、この人の踊りはもう二度と見ることができないのだということを思い知らされた。
 ひとりの生きたアーティストが発する情報の総体は、どんな記録媒体によっても代替できない。ビデオや写真は、そのアーティストの業績を記録しているのではない。その存在が消滅したことによって生じる情報の欠落を記録しているのである。情報の欠落の上に組み立てられるのが、歴史である。
 今月始めに画家の藤山貴司さんが亡くなった。大事だと思う人の活動は、きちんと見ておかなければならないし、話しておかなければならないと思い知らされた8月だ。

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2008年08月30日

メンズエステというものに行った

 渡世の行きがかりで、メンズエステというものに行く羽目になった。ちょっとした仕事上の付き合いといったところだ。割安の体験コースがあるという。こんな機会でもない限り一生縁が無さそうなので、ためしに受けてみることにした。
 体験コースの中には「脱メタボリックコース」というものがあり、糖尿病なのでこれを受けてみようかと思った。糖尿病は薬は服用せず、食事と運動で治療中である。ところがどっこい、病気の方はご遠慮願っているという。代わりに進められたのが顔のケアのコースである。
 「アブラ肌ケアコース」、40分、1980円というものを受けた。さほどアブラ肌ではないがものは試しだ。
 まず、カウンセリングを受け、上半身だけガウンに着替える。コースはクレンジング、スクライバー洗浄、Co2パックの三段階である。
 クレンジングはゲルを塗ってマッサージするように顔の汚れを落とす。スクライバー洗浄は超音波を使って肌の中の汚れや、老化した角質を洗浄するらしいのだが、眼をつぶっているのでよくわからない。最後のCo2パックは、炭酸ガスをを使い20分ほどパックをする。はじめ、顔にコーラがかかったようにピチピチするが、しだいにポカポカしてくる。二酸化炭素を吐き出して、お肌が呼吸をしているよ。
 冷やかし半分でやってみたのだが、終わってみると肌がすべすべしているように感じる。
 終了後のカウンセリングで、あまり目立たないが多少肌に衰えがでてきていること、とくに首周りの肌が衰えていることを指摘された。10万円弱のチケットを買い、好きなときにいろいろのコースを受けられるシステムを勧められたが、ちょっとそこまでする気にはなれなかった。だが、芸能人や顔が勝負の職業の人はそういうことを当たりまえのようにやっているんだろうなあ。
 数時間たったいまも、触ってみると」肌がきれいになったような気がする。これまで気にもしなかった「肌の衰え」という言葉が身近なものに感じられた。エステに通う女性の気持が少しわかったように思う。ああいわれたら、行くよな。
 1980円の体験としては、なかなか面白かった。
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2008年08月29日

北京オリンピックとハリウッド

 北京オリンピックが終わった。
 北島康介選手、谷本歩実選手、吉田沙保里選手などなど、多くの日本人選手の活躍をはじめ、記憶に残る名場面の数々。だが、私にとって最も忘れがたい出来事は、開会式とその顛末である。
 話題になったのは今さらいうまでもなく、開会式の中で歌っていた少女は口パクで実際歌っていたのは別の少女だったということと、放送された映像の花火の一部がCGだったという点だ。さらに印象深いのは、全体の演出がチャン・イーモウ、ビジュアルディレクターが蔡國強という、映画や美術に関心がある人間にとっては耳慣れた人名が主役として登場する点だ。この二人の芸術は、今後含み笑いを浮かべながらでないと見れなくなってしまった。
 チャン・イーモウは完全主義者といわれる。処女作『紅いコーリャン』で、映画の撮影のために広大なコーリャン畑を作ったという話は有名だ。こういったことは映画では時々ある。しょっちゅうはないが、予算があればやりたいと思っている監督はたくさんいるはずだ。 映像は情報の組み換えによって嘘をつく。嘘の中に真実を描き出すといわれる。札幌で撮った映像と東京で撮った映像を、編集によって同じ街に見せることなど常套手段だ。映画のために作られたコーリャン畑と、編集によって生まれた街と、どちらが嘘でどちらが事実かと問うまでもない。どちらも嘘である。
 そう考えると、北京オリンピックの開会式のチャン・イーモウの演出はよくわかる。きれいな声ときれいなルックスを組み合わせよう。映像的に足りない部分はCGで補完しよう。これはドキュメンタリーではなくショーなのだ。合成や組み換えがあたりまえの現在の映像制作の方法が前面に出たライブパフォーマンスといえるだろう。今回の問題はチャン・イーモウの創作者としての本質に関わる問題なのである。開会式は非公開のもので、世界中に配信される開会式の映像が完成作品だったなら、それでも問題はなかった。  
 だが、オリンピックの開会式は映像作品ではなかった。中国国内ではネットなどで、観客の前に現れた少女よりも歌っていた少女のほうが人気が出ているという。虚が実に逆襲されているようにも見える。実とは現実や真実というより、嘘の舞台裏が透けて見えるという程度のことだが。
 開会式の直後、私はこの「本日おかしばなし」にアトラクションそのものがインフェルノやフレームで作られた映像を見ているようだと書いた。また、ライブパフォーマンスを見ているというよりプログラムを見ているようだとも書いた。インフェルノやフレームというのは、実写やCGの映像を加工したり合成する機械である。
 それはまるで、一度完璧にCGで創られたものを、あらためて人間や物を使ってライブで再現しているように感じられた。スクリーンやグラウンド面に映る映像が人の動きと完璧にシンクロし、映像と実体が融合している。私は、その両者をテレビの画面という映像で見ている。その結果、グラウンドで踊っている人物とグランド面に映った映像は、一次映像か二次映像かの違いはあるがどちらも映像(虚)となる。そう考えたとき、私は自分が見ているものがライブパフォーマンスではなく計算されたプログラム、言葉を変えて言えばひとつの「系」だと思ったのである。
 北京オリンピックの開会式は、この数十年のハリウッド映画と重なる。ビルの谷間を背景と完全に融合したスパイダーマンが自由に飛び回る映像を、現実の空間で再現したようなものである。
 映像データのデジタル化とHD化によって、映像の加工や合成の精度は飛躍的に向上した。映像というメディアがもともと持っていた「嘘をつく力」がより巧みに、洗練されてきている。 
 映像は一方で、実写や写真という言葉が示すように現実や真実というものの幻影と深い関係にあった。「実」という言葉は、加工できない、あるいは加工してはいけないという磁力を発していた。そして、その対極に情報の加工によって「嘘をつく力」があった。「実」と「虚」の間に深い溝があるように思えたからこそ、その間を往復する映像メディアのダイナミズムがあった。デジタル技術は0と1によって、「実」と「虚」の間の断絶をきれいに均し地続きにした。その結果、画面に映っているひとつひとつの物、人物、出来事は記号化していく。
 「嘘をつく力」が洗練される一方、「虚」の舞台裏が透けて見える事態が進行しつつあるのも皮肉な話である。
 だが、これは考えてみれば当たりまえの話かもしれない。家庭用ビデオカメラのハイビジョン化やコンピュータによる映像編集が身近になったことは、洗練された「嘘のつき方」が身近になったということである。嘘の舞台裏は見えているのだ。
 大笑いしながら、「つくる」ということを改めて考えさせられた北京オリンピックの開会式である。

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2008年08月17日

駅から駅へ

海神夜駅
駅から駅へ、昼から夜へ

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路面に魅せられ

路面雨、異様に寒い。8月のど真ん中、未来に可能性のある蝉だってまだまだいる。雨に濡れた路面、水たまり、雨の作る水紋、反射する風景などに魅せられて下を向いて歩く。

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posted by 黒川芳朱 at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 写メー人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月16日

正露丸の夏・異物としての身体

この数日腹の調子がおかしい。12日の夜、氷をたっぷり入れてお茶を1リットル続けさまに飲んだのがいけなかったようだ。はじめはたいしたことないだろうと思っていたが、なかなか良くならない。
 きのうから正露丸を飲み始めた。
 正露丸で思い出したが、去年の夏歯の詰め物が取れ、激痛が走り、お盆で病院も休みだったので正露丸をつめ、病院が始まるまでしのいだ。ちょうどあれから1年だ。
 夏になると正露丸のお世話になる宿命だろうか。暑さとからだの異物感と正露丸の匂い。夏は頭がとろけそうだ。
 今、こうしてキーボードに向かっていても腹に異物感がある。下痢のは、のべつトイレに行くというほどひどくはないが、依然として止まらない。体が自分のものでは無いようでいて、でもこの体から逃れることはできない。暑さにやられ、意識はふらふらしている。
 食事をとると腹の中で静かに暴れ出て行く。自分か一個の管になったような感覚だ。そして皮膚には常に汗というもう一枚の皮がこびりついている。自分はどこにいるのか。この異物感の総体が自分なのだと思うほかない。
 やれやれ、いい年して自分を発見してしまった。

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夜中に

夜中に目が覚めると、月明かりに照らされ、流れる雲が見えた。
風が心地よかった。
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2008年08月15日

夜昼間はあちこち出かけ、暑さで頭が朦朧とする。体が自分ではないみたいだ。
下痢はまだ直らず。せっかくの休みをいまいましい。
夜、同じ窓から月を見る。
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窓から

朝2夏バテで下痢をした。力が出ない。ブログも更新できず。2日がたつ。目が覚めるとベッドから見える空がきれいだ。網戸を空けると色が鮮やかになる。
眠りに落ち気がつくと、雲のようすが一変していた。
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2008年08月12日

イエローモンキーの夢想

 朝日新聞に「演説サルCM1ヶ月で打ち切り 差別か過剰反応か」という記事が載っていた。イー・モバイルのCMで、サルが壇上から「イー・モバイルにチェンジ」と演説をする。これはアメリカの大統領候補である黒人のオバマ氏を猿に見立てた人種差別ではないのか、という議論が起こり結果的にイーモバイル社は放送の打ち切りを決めたという。
 この記事が投げかけているのは「差別表現にいっそう配慮した広告制作を求める声がある一方、放映中止は過剰反応との意見もある」という点である。
 「イーモバイルにチェンジ」というコピーはオバマ氏の演説の「イエス ウィー キャン チェンジ」というフレーズにヒントを得たものであり、したがって演説会というシチュエーションもオバマ氏を念頭に置いてのことである。ただし、サルはオバマ氏が黒人であることからの発想ではなく、もともとイー・モバイルのマスコットキャラクターである「ハヤハヤ君」というニホンザルを使ったのだという。イー・モバイルに差別的な意図はなく、また欧米では非白人をサルに譬え差別することがあることも気づかなかったらしい。CM制作はアメリカの広告会社に依頼した。
 放映の始まった直後からインターネット上で「人種差別ではないのか」という議論がはじまり、それを英紙のデーリー・テレグラフのWeb版が報じ、結果的にイー・モバイル社の放映中止という決定に至るのだが、イー・モバイルへの直接の抗議は一件だけだったという。オバマ氏からの抗議ではない。日本在住のアフリカ系外国人グループの代表者からのもので「日本人にはピンとこないかも知れないが、不快だ」というものだった。また、デーリー・テレグラフの報道では、このサルがもともと企業のキャラクターであり差別意図が見られないことも指摘されていた。
 まったく同じCMであっても、オバマ氏が白人だったら人種差別という議論は起きなかった。また、オバマ氏と同じ非白人の福田康夫や小沢一郎がモデルでも、差別という議論は起きなかっただろう。李明博だったらどうだろう。同じように問題にならなかったろうか、むしろ、差別ととられるのではないかという意識は敏感に働いただろうか。
 オバマ氏も非白人だが、広告主も非白人系企業である。その限りでは、非白人差別という関係は成立しない。差別的な意図が無くつくられた映像が、欧米では差別を意味する常套句だった。放送するのは日本国内のみ。それぞれの文化圏が閉じていれば、他の文化圏では差別のイメージであっても、日本国内で差別でなければ問題は無いはずである。だが今や、日本国内に多くの欧米人がおり、アメリカやヨーロッパに多くの日本人がいる。文化は重なり合い、<間>が問題になる。 
 今回の騒動は、直接的な差別というよりは、異なる文化の間でのイメージの問題として議論が起こっている点が特徴的だ。
 記事ではイー・モバイルの広報担当者が「結果的に不快な思いをさせたことに対しては申し訳ない。日光東照宮の三猿や孫悟空など、日本・アジア文化ではサルは高貴かつ知的で、人間に近い動物。人種差別とは考えなかった」とコメントしている。
 おい、おい、いくら高貴で知的でも、人間に近い動物扱いしたならそれはやっぱり差別だろう。ただし、この人がいいたいことも推測できないわけではない。たぶん、サルに譬えるのは見下して動物扱いしているのではない、ということではないか。
 人間は高貴なものだと考える欧米では、人間が猿から進化したとする進化論がなかなか受け入れられなかった。これに対し、もともと輪廻転生という考え方のある日本では、進化論が比較的すんなり受け入れられたということを聞いたことがある。
 日本では人とサルのイメージの境界は欧米よりずっとゆるく、上下の階層でとらえる意識も弱い。サルに人間の姿を投影したり、むしろ親近感をもって接している、というようなことをイー・モバイルの人はいいたかったのではないだろうか。
 ただし、これを本当に主張するには相当の論陣を張る必要があるだろう。日本でも侮蔑の意味で人をサルに譬えることはあるし。

 この記事を読んで、私がすぐに思い出したのは『猿の惑星』である。映画の原作となった小説は原作者のピエール・ブールが戦時中日本軍の俘虜になった屈辱的体験がもとになっている。サルは日本人だ。発想の根幹には明らかに差別的な意図がある。このことは比較的よく知られているにもかかわらず、できあがった物語が差別の意図を超えて面白かったせいか、発表当時から今日に至る政治的文化的軍事的歴史的力関係によってか、人種差別だから上映禁止にしろというような議論は起きていない。
 
 CMが企業のイメージアップのためのものである以上、今回の放送中止という措置は当然のことだろう。だが、これからますます文化と文化の間のイメージの問題は様々な形で表面化してくるだろう。
 たとえば、ある文化圏で神聖なものを意味するイメージが、他の文化圏では差別的なイメージだった場合、二つの文化の<間>では、どんなことが起こるだろう。政治、経済、軍事的な力関係によって決着がつくのか。それともそこに、芸術が関与し創造的な緊張関係を築くことができるのだろうか。

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2008年08月11日

藤山さんのこと

 8月6日に画家の藤山貴司さんが亡くなった。きのうが通夜、今日が告別式だった。きのうの通夜には何百人という人が参列し、焼香にも長蛇の列ができた。きょうも平日にもかかわらず、告別式にもたくさんの方が参列、藤山さんの人望の厚さを感じさせられた。
 式は神奈川県の大和市で行われた。東西線、千代田線、小田急線を乗り継いで千葉から東京を通過し神奈川へ、ちょっとした旅である。
 通夜の帰り、きのうのことだが、途中からたくさんの浴衣姿の人々が地下鉄に乗り込んできた。東京湾花火大会だったのだ。先ほどの喪服の長い長い列とは打って変わった華やかさ。だが、祭りのあとのちょっとした寂しさ。私は、その人たちもまた、藤山さんをにぎやかにおくってきたような錯覚にとらわれた。
 藤山さんの画業については、これからもっともっと評価されてしかるべきだと思う。また、藤山さんについて書きたいことはいろいろあるのだが、今の段階では頭の整理がつかない。中途半端な文章だが、お許しいただきたい。ひとことだけ書いておく。
 藤山さんに聞き逃したことがある。それは、アートによる社会参加ということに、藤山さんはある構想を持っていたし、実践にも踏み出していた。それを、ガンによって諦めざるを得なかった。その構想についてもう少しきちんと聞いておくべきだったと思う。
 
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2008年08月10日

『実録・連合赤軍 浅間山荘への道程』を見た

 やっと見た。面白かった。
 この映画が面白かったってどういうことだ。面白かった映画にも、面白く感じた自分にもとまどう。見たのはきのうで、感想をまとめようと思い、うまくまとめられず、今日になってしまった。
 連合赤軍の事件は私が高校生のときに起きた。それ以降この事件については多少は興味を持ち、関連書籍も二、三冊は読んだ。したがって、事件そのものにまつわる予備知識はそれなりに持っていた。
 ちなみに、私が通った高校では、私が入学する前年に大菩薩峠で数人の在校生が逮捕された。私はまったくのノンポリだったが、事件はそう遠くないところにあった。
 この映画を見るにあたって「衝撃」は期待していなかった。衝撃ということでいえば、事件が発覚したときが最も衝撃的だったはずだ。連日にわたる浅間山荘からの中継、その後シナリオに沿って明らかにされていくリンチ殺害事件。
 以後、衝撃自体は次第に薄れ、いつの間にか「連合赤軍―リンチ殺害・浅間山荘事件」は政治の季節の終わりを告げる象徴的な出来事にされた。
 眼を背けたくなる嫌悪感。それでいながら、自分自身も状況次第でリンチの加害者にも被害者にもなったのではないかという予感。事件の背後で、一瞬にして政治的な言葉が力を失っていくさま。そういった衝撃は1972年がピークで、どんな本を読んでも映画を見てもその衝撃を超えることはなかった。 
 この映画を見て、何か今までと違った考えを事件についてもてるだろうかが関心事だった。若松孝二監督がこの事件をどう描くのかに対する期待でもあった。
 そして、冒頭に書いたように、この映画は面白かった。この、面白かったということについて考えてみたい。
 月並みな言い方をすれば、3時間10分という時間を忘れ気がついたら映画が終わっていた、ということになる。その間何を見ていたかというと、人間ドラマを見ていた。
 新左翼モノとなれば、ややっこしいセクトの説明や時代背景の説明なども必要になってくるが、そのあたり簡潔にまとまっていて、抵抗なくドラマに集中できた。
 もっともこれは私が多少の予備知識を持っていたからかもしれない。
 社会を変革しようという若者の意識が前提になっている。この意識は、同時代に生きていれば、意見や立場は異なっても理解できるものだが、そういった意識がまったく共有されていない時代の若者に、どこまで伝わるかはわからない。そのこと自体が、奇異に映るかもしれないし、驚きかもしれない。
 人間ドラマといったが、それは、革命を目指す若者がどのようにして同志殺しにいたったのか、というドラマである。「なぜ同志殺しにいたったのか」というのとは少し違う。「なぜ」の回答なら映画である必要はない。論文のほうがよい。映画は出来事を総合的に描くから価値がある。総合的というのは、様々な立場からという意味ではない。どんな要因が絡み合い、どんな観念と、どんな事実の積み重ねで事態が進行していったのか、些細な事実まで含めてその状況を構造的に描く、そういう意味で総合的なのだ。くりかえすが、様々な立場からではない。
 事実、この映画では事件は連合赤軍のメンバーの側から描かれる。国家権力の側からは一切描いていない。
 面白かったというのは、この「革命を志す若者たちが同志殺しにいたる」ドラマから、眼が離せなかったということである。3時間10分集中して見てしまった。そして、それが自分と同じような人間の、よくある感じ方考え方の延長線上に生じた事件であることが実感されるのだ。若者らしい正義感、倫理観、生真面目さ、嫉妬、打算、ごく人間的な考え方や感じ方が、極限状況の中でボタンを掛け違うように重なりあい12人の同志殺害にいたる。
 総括のシーン、多くの仲間に問い詰められる若者。私がその場にいたら、どうしただろう。問い詰められる些細な理由、指導者の口ぶり、問い詰められる側の表情、言葉になる言葉、言葉にならない言葉、そこにいるメンバーたちの立ち位置、しぐさ、そういったことひとつひとつが丁寧に描かれる。遠山美枝子の死に至るシーンは胸をえぐる。
 映画自体は、オーソドックスな印象を受ける。見終わって、一番戸惑ったのはそこだ。一人一人の人間が、何を考え何を感じて生きているのか、そしてその延長線上に歴史的事件を描く。まっとうな映画じゃないか。面白いというのはそういうことである。
 だが、冷静に考えるとそのまっとうさこそが事件なのだ。適切な言い方ではないかもしれないが、NHKの大河ドラマで白虎隊を見るように連合赤軍を見る。大河ドラマの登場人物たちを見るのと同じ距離感で、私たちは連合赤軍の若者たちを見る。そして、そうやって連合赤軍の若者たちを見ている自分に戸惑う。
 若者一人一人を身近に感じたとして、12人の同志殺しをどう位置づければいいのか。白虎隊の同志殺しならお話ですませられる。だが、これはそうはいかない。

 欧米の映画ならば、ここに神と悪魔の問題が出てくるかも知れない。だが、日本の映画作家はそんな観念に逃げるわけには行かない。観念が事実の中に崩れ壊れているさまをも描かなくてはならない。観念があれば、私たちは何かに昇華した充実感を得られるかもしれない。しかし、それもむなしい。人間たちの事実を凝視するほかない。
 
 それにしても、まだ戸惑いは消えない。

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2008年08月08日

北京オリンピック開会式を見て

 北京オリンピックの開会式を見ている。
 チャン・イーモウ演出によるセレモニーというかパフォーマンスというか何というんだかわからないが、選手入場以前の部分を見て不思議な気分になってきた。
 ライブパフォーマンスなのだが、まるでインフェルノやフレームで作られた映像を見ているような感覚になってくる。
 紙、筆、墨、活版印刷と中国が生んだ発明品からはじまり、メディアと文明の歴史を辿りながら、モノクロから極彩色の世界へとパフォーマンスは展開してゆく。
 何より舌を巻いたのは、ダンスや音楽、ヴォーカリゼーションなどのライブパフォーマンスとセットと映像がシンクロするように、緻密に構成されている点だ。
 会場となっている鳥の巣の中心に巨大な巻物が現れ、その上で様々なパフォーマンスが行われる。ダンサーが自分の体を筆に床面に線を引くような動きをすると、動きに添って巻物の上に線が描かれる。巻物が絵画のように埋め尽くされ、やがてゆっくり消えてゆく。
 パフォーマンスとセットがシンクロしているだけならば、この不思議な感覚は生まれないだろう。そういったものは過去にもたくさんある。映像がシンクロしていることが、この不思議な感覚を生み出している。
 映像は、ついこの間までは、あくまで実体とは別に映すしかできなかったのが、少なくとも国家予算をかけたイベントでは、実体と同等の存在感で映すことが可能になった。実体と映像の境界が曖昧になったことで、実態から映像へ、映像から実体への転移が楽になった。イリュージョンを生み出しやすくなったのだ。
 ところでひとつ気になったことがある。開会式をテレビで見ながら、ライブパフォーマンスを見ているのではなく、プログラムを見ているような気になってくるのだ。パフォーマンスが何かに向かって開かれているのではなく、閉じているような感じが強いのだ。
 これは、CGを使った映画でも同じだ。最近のハリウッド映画もそうだ。
 そして、その結果逆転現象も起こしている。以前、東京都写真美術館に展覧会を見に行ったら、たまたま古い友人の森岡祥倫君にばったり会い、今からレクチャーをするから聞いていけというので、聞いたことがある。そのとき彼が紹介していた作品に、『ピタゴラ装置』のように動きが連鎖して、つながっていく海外の乾電池のCMがあった。そのとき森岡君は「これを見て、CGだと思ってしまったけれど、実写でした。動きがうまく連鎖せず、何度も撮り直しをしたそうです」と言っていた。印象的だったのは「これを見てうまくできてるからCGだと思ってしまう感性ってだめですね」という言葉だった。
 一生懸命実写でやっても、うまくできてるからCGだと思ってしまう感性。その辺の危うい問題が、2次元の映像の問題だけではなく、立体的な3次元空間の問題としも浮上しつつある。
 オリンピックの開会式を見て、そんなことを考えた。本当は、もっといろいろ分析し、じっくり論じてみたいが、きょうのところはここまで。

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流山市のマンホール2

流山市のマンホール3流山市のマンホール3実物は同じ大きさ。
posted by 黒川芳朱 at 19:26| Comment(2) | TrackBack(0) | マンホール図鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

流山市のマンホール1

流山市のマンホール流山市のマンホール流山市のマンホール盤面に穴がたくさんあるのが雨水、ないのが汚水。
posted by 黒川芳朱 at 19:21| Comment(0) | TrackBack(0) | マンホール図鑑 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

畑のなかの社

畑の社歩いていると、畑のなかに緑青の屋根が見える。神社か。この間まであった家の近所の社を思い出す。
posted by 黒川芳朱 at 12:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 写メー人日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月07日

夜がまた来る

 コンビニエンスストアの24時間営業を見直すべきだという声がある。地球温暖化対策だという。だが、実際は温暖化対策にはほとんど効果がないらしい。効果はないが目立つことをして、何かをした気になることは無駄というより犯罪的だ。
 ただ、夜がかの世界とつながっているという感覚はどんどん薄くなっている。かつて、夜の闇は魔物や魑魅魍魎が住む世界だと考えられていた。だが、電燈が闇を引き裂き、都市を電気の保護幕が覆った。 まるでシェルターの中にいるようだ。
 夜は昼がすこし暗くなった世界、少し不便になった世界に過ぎなくなった。昼と夜はまったく別の世界だったはずなのに。いまは、夜の闇に想像力が喚起されることはないような気がする。
 時に自然は凶暴に牙を剥く。都市の河川が増水し、電気が止まるり、都市の機能が麻痺する。そんなとき、私たちは一瞬シェルターの背後に黒黒とした自然があることを思い知る。だが、すぐにシェルターは機能を回復し、私たちは自然を忘れる。
 そしてまた、大切な人物を失ったとき、夜は深い闇につながっていることを実感する。風に鳴る洞穴のような、非在の風音に胸をかきむしられる。
 
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悔しさの夏

夏きのう、赤塚不二夫について記事を書いているとき、先輩で大恩人の訃報が飛び込んできた。3月以来会っておらず、そろそろ手紙でも出さねばと思っていたやさき。
失敗した。悔やんでも悔やみきれない。

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船橋のマンホール

船橋のマンホール3船橋のマンホール船橋のマンホール船のデザインがいろいろ。大きさ違いでいろいろ。空間も微妙に違う。

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2008年08月06日

赤塚不二夫のスカートの中

 訃報は旅先のテレビで知った。
 私は赤塚不二夫の代表作を単行本で持っていない。
 『おそ松君』も『天才バカボン』も『もーれつア太郎』も『レッツラゴン』も、もちろん『ひみつのアッコちゃん』も。いや、『天才バカボン』は1、2冊あったかもしれない。『おそ松くん』の副産物なのだろうか、『ちび太くん』というのを中学生の頃に買ったおぼえがある。いずれにしろあまり熱心なファンとはいえない。とはいえ、雑誌掲載時には、けっこう読んでいる。
 日本で最高のギャグ漫画家は誰かと訊かれれば、間違いなく赤塚不二夫と答える。それ以外にはいない。だが、単行本を手元に置いて、何度も読み返そうという気持ちにはならなかったようだ。なぜかはわからない。結果的に単行本は買っていないのだ。
そんな私だが、赤塚不二夫責任編集とうたったマンガ雑誌、『まんがbP』は持っている。増刊号はともかく、本誌は全部もっている。
 この雑誌が出ていたのは、私が高校3年のときだ。受験勉強(といっても石膏デッサンだが)の骨休めに、この雑誌を買っていた。とにかくハチャメチャな雑誌だった。ギャグと批評性とお下劣としゃれたユーモアーと下品な露悪趣味とパロディと宴会芸と音楽性とナンセンスがごちゃ混ぜになっていた。
 まんが以外の目玉は、表紙が横尾忠則であること、毎回謎のミュージシャンによるソノシートがついていたことだ。創刊号は表紙が3枚あって、ソノシートは謎の歌手少年Aの『おまわりさん』。聞けばすぐわかるのだが、少年Aは三上寛である。そのほか、井上陽水、つのだひろ、佐藤允彦、中山千夏、山下洋輔などなど豪華メンバーが謎のミュージシャンの正体である。私は山下洋輔トリオ+渡辺文夫の『ペニスゴリラ』と、三上寛の『ホイ!』が大好きだった。
 赤塚不二夫は『クソばば』というマンガを連載していた。メルヘンチックな少女漫画を描く中年の男性漫画家山本四十六(しそろく)。四十六歳の童貞である。その名のとおり、しそこなってばかりいる。彼が女性とセックスしたり、結婚しようとすると、彼の母親(クソばばあ)が現れて邪魔をする。ひどいときは、相手の女をレズビアンのテクニックで落としてしまい、息子はフラれるはめになる。とにかくなんとしてでも息子の童貞を守り続ける。山本四十六はやりたくて仕方がなく、頭の中はスケベな妄想でいっぱいなのだ。
 ちょうどこの頃、『天才バカボン』にカオルちゃんというおカマのキャラクターが出てきた。同級生にカオルという男がいたのでよく覚えている。
 赤塚不二夫は中年の童貞やおカマを気持悪いものとして描くことで笑いを取ろうとしているのだろうか、わたしはその姿勢に苦しいものを感じていた。なんか無理してんじゃないかな。
 それ以前のキャラクター、イヤミ氏やデカパンもそうとうおかしなぶっ飛んだキャラクターだ。世の母親たちは「イヤラシイ」といっていたし、PTAの攻撃の対象だったし、悪書追放運動の標的でもあった。手塚治虫も含めて、まんが全体が悪書だったが、赤塚不二夫は特に下品でアクが強いという印象があった。
 パンツ一丁で走り回り、パンツから猫を出すデカパンなど、今の時点から振り返ると明らかに変質者だ。平成の時代、マンガの中でも生息するのは難しいだろう。
 だが、私が子どもの頃はマンガの中なら無理なくデカパンと子どもたちが共存できる町があった。また、パンツ一丁でそこらを歩いているおっさんは、現実にいたし、シミーズ一枚でそこらを歩いているおばさんもいた。だから、おそ松君を読みながらデカパンを変でおかしなおじさんとは思ったが、変質者だから警察に通報しなきゃとは思わなかった。デカパンやイヤミ氏は変だが魅力的だった。人間の多面性、多様性を感じさせてくれた。マンガの中には、彼らが子どもといっしょに存在できる原っぱが、町が、幻想の共同体があった。
 都市化によって、デカパンは変質者になった。
 都市化に対応して、赤塚不二夫のマンガはどんどん過激になった。マンガの枠を破り、ナンセンスでシュールなギャグを炸裂させた。そのころ、山本四十六やカオルちゃんというキャラクターが登場した。ふとおもうのだが、山本四十六やカオルちゃんは幻想の共同体を追われ都市化した空間に迷い込んだデカパンではないだろうか。
 
 都市化に対応して先鋭化していった赤塚不二夫の中でも、それによって何がが解体していったのではないか。ここでまた、何の脈絡もなく中上健次と路地のことを思い出す。
 
 『まんがbP』の3号だったと思う。つのだひろ作曲の『スケバンロック』というソノシートが付録で、雑誌全体のテーマもスケバンという号があった。中には、赤塚不二夫はじめフジオプロの面々がセーラー服にチェーンなどを振り回し、今で言うスケバンのコスプレをしたグラビアがある。私は、近所の本屋さんでそれを買った。「これ下さい」といって横尾忠則がデザインした表紙を表にレジの上に本を置いた。小学生の頃から顔なじみだったおばさんが、値段を見るために本を裏返した。裏表紙には赤塚不二夫がスケバンに扮しセーラー服のスカートの前をおおっぴらにまくり上げている写真が載っていた。下半身はスッポンポン、局部には前張りがしてあった。まさにエロ本、しかも男の裸という複雑な猥褻さ。おばさんは、一瞬にして雑誌を表に戻した。見たくない!という感じで。どうやって値段を調べたかは忘れたが、おばさんは二度と裏返すことなく、私はきちんと定価を払いその号を購入した。
 訃報を報じるテレビで、キャスターのもっともらしい言葉と、酒を片手にやや呂律が回りにくく語る生前の赤塚不二夫の姿を見て、私はこのことを思い出した。
 あのときの本屋のおばさんの困惑した表情と、一瞬にして本を戻したすばやい手の動きこそ、私は赤塚不二夫に対する最も正当な評価だと思っている。
 そして、赤塚不二夫は戦士だったのだと。

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タグ:赤塚不二夫
posted by 黒川芳朱 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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