2009年10月31日

創形美術学校『卒業生による作品展』と『今井和雄+田中泯デュオ』

 創形美術学校の創立40周年記念「卒業生による作品展」が学校のエントランスにあるガレリアプントで開かれている。きょうの17時からオープニングパーティーが行われた。一期生から去年卒業した同窓生まで、たくさんの作家が集まった。作品の傾向はまちまちながら、見応えがある。卒業生による作品という点だけが共通項なので、開かれた展覧会としては限界はある。だが、在校生が卒業生の作品に触れることがこの展覧会の最大のポイントだろう。
 久しぶりに会う人、初めて会う人、在校生、何人かと談笑し、90分ほどでPLAN-Bに向かう。
 PLAN-Bでは今井和雄さんと田中泯さんのデュオの公演がある。田中泯さんとも私は創形で出会ったのだが、それから30数年立つことになる。
 今井和雄さんはギタリストだが、ギターだけではなく様々なものを楽器として使う。ボールのような食器にゴムを張ったものや、水、板などを弾いたり叩いたりして演奏する。楽器として作られているものではないので、音を出すこと自体が身体的なパフォーマンスとして見えてくる。そんなわけで、泯さんより今井さんを見る瞬間が何度かあった。
 公演はデュオといいながら2人が相手を目で確認するわけではなく、音や気配やエネルギーで確認しながら、即興的に進行していくさまがスリリングだった。この広さ、音の響き、二人の演者の間に通うものが見えるような距離感、PLAN-Bならではの公演だった。
 踊りの終わったあとに、出演者と残った観客とスタッフが歓談。泯さんが育てた大根がうまい。
 2月のダンス白州の下見に来月行くことを約束して帰宅。
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2009年10月30日

『小学六年生」休刊に思う

 いまさらの話題だが、この26日に小学館が『小学五年生』と『小学六年生』を来年の3月号(『六年生』は2.3月合併号)で休刊にすると発表した。報道によると、休刊の理由は「学習から生活まで幅広く網羅する編集方針が読者のニーズに必ずしも合致しなくなった」ということらしい。部数の落ち込みは半端ではない。1973年の『小学五年生』63万5000部、『小学六年生』46万部が過去の最高部数だが、現在は、5、6万部だという。
 『小学五年生』や『小学六年生』は学習雑誌と呼ばれてきたが、子どもの総合雑誌ともいえる。大人の世界でも同じだが、趣味やニーズが多様化し、メディアも多様化した時代に総合雑誌は人気がないらしい。
 俺は、低学年の頃『小学○年生』をとっていた。『小学二年生』には『二年ねたろう』という白土三平の漫画があった。あと、横山光輝の『鉄のサムソン』というロボット漫画も覚えている。『二年ねたろう』は絵がかわいくて大好きだったが、題名の意味がよくわからなかった。もう少し大人になって、『三年寝太郎』という民話があることを知った。小学二年生対象の学習雑誌だからそれをもじってこんな題名をつけたという大人の事情がわかれば何ということのない題名だが、まさに小学二年生にはさっぱり意味のわからない題名だった。はじめは小学二年生の自分にひきつけ、大人が主人公に「もう二年生ね、太郎」といっているのかと思った。でも時代劇だし、主人公は学校に行っているわけでもない。謎だった。
 他には、学研の『学習』と『科学』があり、これもとってもらった。『科学』は付録が本格的な実験器具や観測器具だったのが魅力だった。高学年になると『小学五年生』も『小学六年生』もとらず漫画雑誌『少年』をとってもらった。『学習』と『科学』はどうしたか覚えていない。
 『少年』は『鉄腕アトム』と『鉄人28号』が連載されていた。それだけで輝いていたが、他にも『ストップ兄ちゃん』など面白い漫画がたくさん載っていた。漫画雑誌だったが読み物も多く、付録に雑学の手帳のようなものが毎号ついていた。『少年』の組み立て付録は構造がこっていた。戦艦を機関銃で撃つと戦艦が真っ二つに割れるというような複雑な模型を、紙と割りピンと輪ゴムだけで毎号作るのだ。単なる漫画雑誌というより、総合雑誌の趣があった。
 中学に入ると『中1コース』『中1時代』という2冊の雑誌があった。学習雑誌の場合、学校での授業の進行と並行するように学習関係の記事が組まれており、参考書の役割も果たしつつ、漫画や小説、さらに中学生の男女交際はどうあるべきかというような記事もあった。
 学習雑誌は学年が上がるのと並行して、雑誌もいっしょに2年生や3年生に繰り上がってくれているという実感があった。記事の中に継続するものがあったかどうか覚えていないが、学校の先生の何人かがいっしょに繰り上がってくれるように、雑誌も成長を見守ってくれている感じがした。2年生になって『中1コース』を見ると自分の知っている『中1コース』と漫画や小説が違い、違和感を持ったりした。
 もう何年も前から、マーケティングの世界では大衆から分衆へというようなことが言われている。個人の好みや趣味関心が多様化し、十把一絡げにとらえられなくなっているというわけだ。たとえば歌謡曲でも老若男女誰もが口ずさむ歌というものがほとんどなくって久しい。美空ひばりのような国民的歌手という存在がいない。ジャンルの名称そのものが歌謡曲とJ-POPに分かれている。お年よりは安室奈美恵を聞かないし、うんと若い子もまた聞かない。ある限られた世代のアイドルだ。
 総合学習雑誌が難しいことはわかる。わかるのだが、自分自身の成長過程を考えると、学習記事もあり、スポーツもあり、漫画もあり、小説もあり、付録もあり、という雑誌のあり方は「総合」という概念を形成するのに一役買ってくれたような気がする。「総合」と名づけられたメディアがなくなり、パーツだけになっていく。それはそういう流れなのだろう。いろいろなものを自分で体験して楽しみつつも「総合」という概念を形成するメディアがなくなっていくのかなあ、と思ってしまう。「総合」という概念はまだまだ重要に思うのだが。
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2009年10月29日

『この惑星』の記事がアップされた

 『この惑星』の連載『アーティスト・アイズ』の記事がアップされた。ぜひご笑覧ください。URLはhttp://www.konohoshi.jp/index.html
 今月は松本人志監督の『しんぼる』を取り上げた。『しんぼる』は封切られたときから取り上げようかと思っていたのだが、何回目に取り上げるかは少し悩んだ。
 『アーティスト・アイズ』はアート関係のイベントを取り上げることになっている。私の興味としては古典や近代ではなく、新しいものを取り上げたい。古典や近代芸術はわざわざ私が取り上げなくとも、ふさわしい研究者や評論家がいる。『アーティストアイズ』というタイトルのとおり、現役のアーティストが同時代のアーティストの作品を見て感じたことを書くというのがコンセプトだ。こういったコンセプトで書く以上、私としてはたとえ反発を感じたとしても何かを共有している感じが持てるものを取り上げたいのだ。
 『しんぼる』は絶対に取り上げようと思っていたのだが、一応アート情報ということになっているので、現代美術か実験映画かダンスか演劇を2、3本取上げた後に、と思っていた。ただし、封切りが終わってしまっては情報コーナーとしての役割を果たさないので、ギリギリ3回目かなと予定していた。
 今月取上げようかと思っていたのは森美術館で開かれている『アイ・ウェイウェイ展 ―何に因って?』だったのだが、いってみてがっかりした。2回目にして他人の批判を書いてもしょうがないので、他の対象を探すことにした。いろいろ探したがピンと来るものがなく、となれば2回目だが『しんぼる』しかない。
 このあたりが難しいところなのだが、レビューを書いて読者が見に行ける程度の期間開催されているイベントとなると、新しいといってもある程度評価の固定したアートが多くなる。『アイ・ウェイウェイ展』はまさにそのつまらなさが出ていた。こういってはわるいが欧米の美術市場の支配下にあるような印象だった。
 少し前に、対象を選ぶ苦労をこのブログに書いたが、ちょうど『アイ・ウェイウェイ展』を観たあとだった。あの記事を読み『この惑星』の大島編集長から、読者が見に行ける対象にこだわらなくてもいいという電話を貰った。だが、この基準によって生まれる苦労は現在のアートのいろいろな面を考えるきっかけとなるので、私自身は無駄な努力とは思っていない。
 ちょっと整理してみよう。

1.新しいアートを取上げる。
2.ファインアートを中心に取上げる。
3.可能な限り、レビューを読んだあと読者が鑑賞できる期間があるイベントを取上げる。

1の「新しい」ということに関して言えば、作られた時代が古いもの、現在生きていても近代に分類されるアーティストの作品は避ける。問題は現在活躍中のアーティストであれば新しいわけではないのだが、その基準となると私の主観となる。つまり、この選定では私の見方が問われることになる。
2のファインアートということは、実はかなりやっかいだ。最近の現代美術はサブカルチャーのお尻を追っかけているところがある。また、fine(品質の優れた、純粋な、技術の優れた)という言葉は近・現代の芸術運動の標的でもあった。ファインアートという言葉自体かなり曖昧であり、その言葉で芸術の本質が衝けるのかという問題がある。それでいながら、欧米ならきちんと市場がある。つまり、ファインアートを中心にといった基準を立てるということは、ファインアートとは何か、それに意味があるのか、それを否定したら何が本質的に重要なことなのか、という堂々巡りの問いを抱え込んで執筆を続けるということになる。
3期間の問題は現在のアートの制度をかなりはっきりと映し出す。評価、興行、観客の問題、会場の問題などなど。

 この3つの基準は時々破りながらも、一応守って行こうと思う。守ることで、現在のアートシーンのいろいろな問題がが浮かび上がってくる。そうしたら、このブログに書いていくつもりだ。 
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2009年10月28日

折り紙の本を借りてきた

 折り紙や紙の造形と写真を組み合わせ、服を作りたいというという創形の学生がいる。まず、折りや紙で何ができるか、できることを増やし、アレンジを加えてみることを勧めた。
 この学生のアイディアに刺激され、私も少し折りや紙の造形について調べてみようと思い、今日図書館で本を借りてきた。私では絶対考えないようなことを学生は考える。これはけっこう刺激になる。こういうときは、そのアイディアにとことん付き合ってみると面白い。
 というわけで今日借りてきたのは、笠原邦彦著『おりがみ新発見1 半開折り・回転折り・非対称の形』、茶谷正洋・中沢圭子著『折り紙建築 世界遺産をつくろう!』、藤井あつ子著『折り紙ソーイングで女の子の服』。折りの技については『おりがみ新発見1』が一番詳しい。『折り紙建築』は一般的に考える折り紙ではなく、大きめのケント紙にカッターで刻みを入れ折ることで建築物を半立体、レリーフ上に作る本だ。『女の子の服』は借りるのがちょっと恥ずかしかったが、実際の子どもが着られる服を作る。これもいわゆる折り紙の概念とは少し違うが、学生がしようとしていることに一番近い。
 この機会のこれらの本をガイドに、一通り作ってみようと思う。
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2009年10月27日

東京メトロ東西線の月曜日

 きのうのことになるが、朝の通勤時間に東西線が遅れた。中央線の中の高円寺間で発生した車両点検の影響ということだ。東京メトロのアナウンスではこうなるんだが、「発生した車両点検」というのも変な感じがする。点検って発生するもんじゃなくてやるもんだろ。異常が発生したから車両点検を行ったんだろう。
 それはさておき、家から都心に向かうには4本の鉄道が利用できるがある。俺が一番多く利用しているのは東京メトロ東西線。これと並んで総武線。都心よりその手前の舞浜や新木場に行くときに使う京葉線。そして京成線。
 京成線はあまりないのだが、たの3本の線は、よく遅れたり止まったりする。東西線はその両端で、西船橋から津田沼までと中野から三鷹まで、総武線に乗り入れている。したがって、どちらかにトラブルが発生するともう一方にも影響が出る。
 そして、この2本の鉄道は江戸川、荒川、隅田川という3本の川を渡る。東西線は隅田川は地下を通っているが、他の2本の川は地上を鉄橋で渡る。海に近いので、天候の影響をもろに受けやすく雨や風に弱い。
 この日本よりさらに海よりの地上を走るのが京葉線だ。これもよく止まる。
 ところで、今年度になってから月曜日というと東西線が遅れることが多い。なぜだろう。何度か、某専門学校の授業に遅れそうになった。きのうは他の非常勤講師と、「月曜は遅れることが多いですねえ」と挨拶絵オ交わした。理由がわからないが「月曜には東西線が遅れる」というこの「マイ都市伝説」が定着しつつある。
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2009年10月26日

ノーマン・マクラレンの『垂直線』と『水平線』を観た

 映像についてあれこれ考えるうち、次第に頭が煮詰まってきた。頭をすっきりさせるために、ノーマン・マクラレンの『垂直線』と『水平線』が無性に観たくなりDVDをプレーヤーに突っ込んだ。
 『垂直線』では、画面に一本の垂直線が現れ、左右に往復運動を始める。右の画面フレームに当たると左側に向かい、左の画面フレームに当たると右側に向かう。
 線からもう一本線が生まれ2本の線が移動する。線は次第に増え、それぞれが微妙に異なったスピードで動く。線は画面に粗密の関係を作り出し、また一本にまとまる。そしてまた増殖する。
 非常にシンプルな映画だが、そこから生まれてくるイリュージョンは豊かだ。解説によると、線は黒いフィルムに直接スクラッチしているという。たしかにスクラッチの線だ。ときどきエッジに斑ができ、それが作品に含みを作り出している。CGだったらもっと味気なくなったかもしれない。
 線の粗密な関係が立体感を生み出す瞬間がある。六角柱や八角柱の柱のように見えて、そこから神殿のイリュージョンが浮かんでくる。だが、全ての線は移動しているので、一瞬後にはその関係が違ったものになる。 
 線が生み出すのは、建物や空間といった外的なイメージばかりではない。線が交差したりぶつかった瞬間にもう一本線が現れる。たったそれだけで、ものの発生や成長といったイメージを引き起こす。そしてなによりも、単なる線の移動を観ながら、そこに様々なイメージを読みとっている自分自身の知覚やイメージのあり方といった内面に意識が向かう。
 『水平線』は『垂直線』を90度回転させ、背景と音楽を変えた作品だ。背景といっても色面で、何かが描かれたりしているわけではない。色味や透明度が少し違うだけだ。線の動きはまったく同じということだ。二つ並べて再生してみたわけではないが、解説を信じよう。
 ところが、『垂直線』と『水平線』では浮かんでくるイリュージョンがかなり違う。考えてみると当然だが、自分自身の目で感覚で体験すると、これは驚きだ。
 『垂直線』は建物や樹木や天から差し込む光といったイメージが浮かぶ。上昇、昇天といったイメージで、そこには人なり自然なり神といったものの力が関与しているイメージもある。人工物のイメージも強い。これに比べて『水平線』はまさに海の水平線や地平線のイメージが強く、また海の中のイメージもあった。人工物のイメージもあるにはあるが、自然とのつながりの強いイメージの方が多く浮かぶ。また、こちらの方がイメージが豊かな感じがした。『垂直線』で感じた発生や成長のイメージは『水平線』の方がはるかに強い。
 垂直と水平というのは、人間の空間感覚、空間認識の基本軸といってもいいだろう。私のインスタレーション作品でも、垂直と水平をモティーフにしたものがあるが、垂直と水平の根本的な違いを感じさせられた。
 人間の目が横に二つ並んでいること、重力との関係など考えるべきことはたくさんあるが、そろそろベッドの上で水平線になろう。
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2009年10月25日

相倉久人パフォーマンスジョッキー『重力の復権』

今月もまた『重力の復権』が近づいてきました。

相倉久人パフォーマンス・ジョッキー『重力の復権』
日時:10月29日(木曜日)19時30分より
料金:800円(予約、当日とも)
会場:Live Space plan−B
住所:東京都中野区弥生町4−26−20モナーク中野B1
アクセス:東京メトロ丸の内線(方南町線)中野富士見町駅より徒歩7分
JR中野駅南口より京王バス、 渋谷行きか新宿駅西口行、富士高校前下車 徒歩1分
会場への連絡:03-3384-2051(公演当日のみ)
問合せ先:090-5385-9631(石原)
会場への地図等はplan-Bホームページからhttp://www.i10x.com/planb/

 毎月のパフォーマンスジョッキーにおいても、ほんの数回しか語られたことはありませんが、重力の復権という言葉、いまキーボードを打っていてビーンと反応してしまいました。きのうもちょっと触れた松本人志の『しんぼる』の浮遊感覚が強烈だったので、重力という言葉にいつも以上に反応してしまったのです。
 ノンジャンル評論家と勝手に名づけてしまいますが、相倉さんの毎月の軽妙なトークの中には、重さや深さに向かうベクトルがさりげなく隠されています。別に隠しているわけではなく、あまりにさりげないので気づかないことが多いだけです。それを探しに、ちょっとお立ち寄りになりませんか。
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2009年10月24日

ダウンタウンについて

 『この惑星』に松本人志監督の『しんぼる』について書いた。そのなかで、書きたかったのだが字数と全体のバランスで書けなかったことがある。
 あれは確か日韓ワールドカップが開催された2002年だった。日本中が熱に浮かされ大騒ぎになった。あちこちににわかサッカーファンが出没し、おおむかしからサッカーファンだったかのような顔をした。芸能人もテレビで自分がいかにサッカーに詳しいか、知識やウンチクを披露した。
 その頃専任講師をしていた某専門学校で、別の科の教員が今日はワールドカップの重要な試合があるので何時間目だかの授業を休講にして学生にテレビを見せたらどうかと提案した。さすがに、学校として休講にすることにはならなかったが、彼はワールドカップというのは特別だからということをさかんに強調していた。
 何から何までサッカーで、大げさに言えばサッカーやに興味がない奴は非国民だといった雰囲気すらあった。
 そんな時、ダウンタウンの2人は何かの番組で誰があんなもん観るかと言い放った。まっちゃんにいたっては、日本戦の放送の日に性感(マッサージ)に行ったらすいててよかったと言っていた。俺はこの2人に対する信頼を固くした。
 サッカーの好き嫌いではない。ひとつの方向にみんなが一斉に向かおうとするとき平然と逆のことを言えるダウンタウンがあらためて好きになった。
 自分が権力に迎合したり、長いものに巻かれそうになったとき、性感マッサージを受けているまっちゃんの顔を想像し、その顔に顔向けできない生き方だけはすまいと誓った。
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2009年10月23日

フィルムについて語ること

 先日白州で会った水由君が、12月にフィルムの上映とシンポジウムの企画をしている。私の作品も上映することになっているし、シンポジウムにもパネラーとして出席することになっている。
 フィルムの映像としての魅力を語ることはできる。また、フィルムの重要性を語ることもできる。だが、徐々に無くなろうとするフィルムをの重要性を観客に訴えても、問題の解決にはならない。
 フィルムの中でも特殊な8ミリ映画、その中でもシングル8となると特に関心のないお客さんにとっては、マニアックな話題にしか聞こえないだろう。
 私は今のところ、フィルムのそして8ミリの芸術論的な価値について語ろうかと思っている。しかし、いくらその価値を強調しても、なくなってしまうメディアではいかんともしがたい。
 8ミリそのものを残すのか、それが無理なら8ミリから引き出した価値のある部分だけを残せるものとして残していくのか、そんなことも突きつけられているような気がする。
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2009年10月22日

額装をした

 今日は創形美術学校で、午前中は編集の授業、午後は卒業制作のゼミ。ゼミ生が作業をしている横で、私も先日書いた『卒業生による作品展』に出品する作品の額装をする。学生といっしょに作業をするのは、別に共同制作ではないが同じ空気を吸っている感じがして楽しい。
 いつもは映像作品を作っているので、額装という作業は久しぶりだ。前面のガラス板を持つときうっかり手を滑らせ、左手の薬指を少し切ってしまった。ただ写真を台紙に貼って上にガラスを置き、額に入れるだけなのにまったくしばらくやっていないとこのざまだ。
 額について、いろいろなことを久し振り考えた。額の種類、作品と額の関係、大きさ、額の色彩や装飾の有無、額を使わない展示のしかた、考えるといろいろなことがある。
 私がはじめて親の同伴無しで美術館に行ったのは、中学の頃の『レンブラントとオランダ絵画巨匠展』だったと思う。たしか小学校の友人林くんと行ったのではなかったか。
 まだよく絵の楽しみ方がわからず、ただただ描写力に感動したり、きれいな風景があると窓の外を眺めるようにぼっと観たりしていた。そのとき、私とは無関係な観客の一人が、「すごい額だなあ」と言った。それを聞き始めて額に目が行きなるほど、額というものもすごいなあと感心した。それまではまったく額に意識がいかなかったのに、突然額を見るのが楽しみになってしまった。
 それまでも目には入っていただろうに、意識がいかなかったのが不思議だが、額の役割とはそんなところにあるのだろうか。
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2009年10月21日

『残虐記』を読んだ

 きのうのことになるが、桐野夏生の『残虐記』を読み終えた。18日、白州に向かう列車の中で何か読もうと新宿駅構内の書店で、薄めの本を探した。久し振りに小説が読みたかった。
 自分ではあまりストーリーのある映画を作らないが、実はストーリーものが嫌いではない。何よりもあの時間を忘れる感じが好きだ。だから土曜ワイド劇場のようなドラマも、暇だとつい見てしまう。
 で、『残虐記』はどうだったかというと、面白かった。どう面白かったかというと、これがやっかいだ。どこまでこの物語を信じていいのか途方にくれるような物語であり、そこが面白かった。物語が作り話であることは当然である以上、普通は物語を信じる必要はない。お話として楽しめばいいのだ。だが、この物語はそこが一筋縄では行かない。
 著名な女流作家が、自分は子どもの頃少女誘拐監禁事件の被害者だったという手記を残して失踪してしまう。
 小説は、その作家の夫を名乗る人物が、彼女の担当編集者だった男に向けて書いた手紙から始まる。手紙によれば、作家は二週間前に失踪し、ワープロのそばにプリントアウトして原稿があり、手紙の相手である編集者に送ってくださいとポストイットが貼ってあった。そしてその手紙に、残されていた原稿『残虐記』が続く。『残虐記』の冒頭には、誘拐監禁事件の犯人から作家へあてた手紙が付されている。犯人は去年刑務所を出たといいます。それに作家自身が体験した誘拐監禁事件の詳細が記される。そして、最後にまた、担当編集者に向けた夫と名乗る男の手紙が続き終わる。
 奇妙なのは、手記の中で作家は自分は独身だといっていることだ。だとすると、この作家の夫を名乗る男は何者か。夫の手紙と本人の手記と、犯人の手紙の関係が、根本的に成り立たなくなる。全てはこの男の妄想であり、捜索かもしれない。小説はもちろんフィクションだが、読者はそのフィクションをある仮想された位置から仮想された角度で眺め受け入れる。そのことが成り立たない小説。
 物語をどこまで信じていいかというのはこのことである。
 この不確定な関係は、リアルだ。
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2009年10月20日

創形美術学校40週年記念『卒業生による作品展』に思う

 私の母校であり、いま非常勤講師をしている創形美術学校が今年40周年を向かえる。といっても特別式典のようなことをするようすはない。ただ、学校のエントランスに設置されているギャラリーで卒業生の作品展を開催するという。
 私も出品することにした。『イコノクラスム』という写真と映画のシリーズがあるのだが、その写真4枚を組み写真にして展示する。この映画はあと数本作る予定なのだが、頓挫したままだ。その意味でも、現在進行形の大事な作品である。
 午前中、別の専門学校で授業をした後、新宿の世界堂に行く。かねてより目をつけておいた額縁を買い創形に向かう。学校に着くと、先輩の磯島さんにばったり会う。やはり搬入に来たようだ。磯島さんは同窓会の幹事としても精力的に活動している。同窓会のWebサイトは彼が運営している。
 とりあえず額と写真を所定の場所に置き、ついでなので翌々日の授業の準備をする。
 展覧会は、学校がたいした告知をしたわけでもないのに予想以上の出品者が集まったようだ。総勢62人、ちょっとした団体展だ。10月29日から11月10日までと、11月12日から11月25日までの2回に分けて行うことになった。
 この数字を見て、学校は誰のものかということを考えさせられる。現在の職員が知らないところにも創形美術学校が存在する。現在の創形を知らない卒業生もたくさん存在する。専任講師や非常勤講師が考えた教育ビジョンもその人数分あったろう。いろいろな人の創形に対する思いがたくさんあるだろうことを、この62人という出品者数は予感させる。
 それを生かすことができれば、学校の栄養になるだろう。 
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2009年10月19日

甲府から出勤

 甲府で一泊し、早朝5時29分の高尾行き始発に乗る。高尾着が6時53分。7時3分に東京行きに乗り東京着が8時7分。そこから東京メトロの大手町まで歩き大手町から西葛西まで東西線に乗り8時32分着。これで多少の余裕をもって9時からの授業に間に合う。
 甲府で同じ車両に乗った人が、新宿までいっしょだった。そうか、通勤圏なんだ。
 千葉方面からだと、同じ所要時間でどの辺からこれるのかな。調べてみると、館山5時24分発で7時47分に東京着。これは内房線だが外房線だったらどうだろう。安房天津を5時17分に出発して東京着7時41分。東京までならやはり千葉からのほうがほんの少し早いのか。
 西葛西に9時少し前ならもっとゆっくりですむ。俺が通勤するとき同じ電車に乗っている人の中に、5時半くらいに館山や安房天津で電車に乗っている人もいるのかもしれない。今まであまり考えたこともなかったが。
 新幹線で通勤する人もいる。何気なく過ごしている生活の背後に、様々な時間や距離を生きている人々がいるんだな。
 甲府方向から眺めた西葛西は新鮮な眺めだった。   
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2009年10月18日

ダンス白州にきた

 14時ごろ新宿を出て、ダンス白州にやってきた。16日の金曜日から始まっているのだが、なかなか都合がつかず今日やっと来ることができた。
 今年ダンス白州は「四つの節会」と題して季節ごとに行われている。すでに春と夏は終わり、いまは秋だ。春は「土の節」夏は「火の節」そして秋は「水の節」。
 韮崎からタクシーに乗り、受付に到着すると受付から少し離れた畑の中で、玉井康成の舞踏が始まっていた。玉ちゃんは体がかもし出すスケールがどんどん大きくなっている。体が大きくはなっているわけではない。体の中にまわりの匂いや温度や風景が入り込んでいるようだ。
 その後しばらく休憩を挟み、19時から田中泯演出の水のパフォーマンス『水・劇』が開演となる。水、体、声、情景。小品ながら白州らしい贅沢な時間と空間と光と闇そして身体。
 暗転した瞬間、周りを囲む木の影に切り取られた星空が見事だ。
 実は冬の節会に俺も映像の企画をやることになっているのだが、真冬に野外でどんな映像をやるのかまだまだ固まっていない。11月に少し泊り込んで考えるか。
 公演の後、グラスハウスで打ち上げ。中には原口典之さんの巨大な作品ファントムも設置されている。
 白州は快適すぎるので、何か自分の中に異質なものをつくらないと何もできなくなる。それが何かまだ見えてこない。
 21時過ぎ、水由君の車に乗せてもらい甲府に向かう。水由家はそのまま東京に帰るが、俺は甲府に一拍。おやすみ。
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2009年10月17日

タイムマシンにお願い

 加藤和彦が自殺したという。愕然。
 私は決して熱心なファンではなかったが、加藤和彦が好きだった。
 実は、数週間前から某専門学校で行っている映像編集の授業で、サディスティック・ミカ・バンドの『何かが海をやってくる』をBGMとして使わせていただいた。ちなみに、出来た作品は授業内で観るだけなので、著作権を侵害はしない。
 『帰ってきたヨッパライ』を始めて聞いたのは、中学の昼の校内放送だった。以前にも書いたが、うちではレコードを聴いたりする習慣がなかったので、昼の校内放送はいろいろな音楽にを聞く数少ない機会だった。『ヘイ・ジュード』をはじめから終わりまできちんと聞いたのも、中学の昼の校内放送だった。当時の九段中学放送部の同窓生には感謝したい。
 そのころ、エレキットという電子工作のキットを買ってもらい、ラジオを作った。イヤホンで聞くこのラジオが私の音楽メディアになった。深夜放送を聴くようになった。もっともエレキットは組み立てなおすといろいろなものになったので、いつもラジオとして使ったわけでもない。そのうちちゃんとしたトランジスタラジオも手に入れたのだが、エレキットでラジオを聴く時代がしばらくあった。
 はじめ色物かと思ったフォーク・クルセダーズは、好き勝手にやっているようで、いい歌を作りや面白い演奏をたくさんして解散した。それがまぶしかった。
 高校時代は北山修のパックインミュージックをよく聞いた。それから、夕方にラジオでスタジオ公開放送の番組があり、その司会を加藤和彦がやっていた。パックのDJをしていた野沢那智も、たしか日替わりで司会をしていたと思う。私は加藤和彦の飄々とした話し方が好きだった。彼は司会をしながら、『おいでよ僕のベッドに』や『拝啓大統領殿』を歌った。その頃は、『拝啓大統領殿』がボリス・ヴィアンの歌だなんて知らなかったが、加藤和彦が震えるような声で「だいとーりょーどのー」と歌いだすのにしびれた。「しびれた」という言葉も死語だなあ。
 1970年だと思うが、加藤和彦が銀座の町を歩くCMがあった。キャッチコピーは「モーレツからビューティフルへ」。時代の変わり目だった。
 加藤和彦の結婚記念に、北山修作詞、加藤和彦作曲の『あの素晴らしい愛をもう一度』を発表したときは、同級生の丸山くんと何でこれが結婚祝いなんだ、まるで倦怠期の夫婦に向けた歌じゃないかと笑った。
 ジョンレノンとオノヨーコのプラスティック・オノ・バンドをパロってサディスティック・ミカ・バンドを作った時は、いかにも加藤和彦らしいなあと思った。あいにくこの頃から私は洋楽にはまりだし、小遣いは洋楽のレコードに消えた。したがって、あまりミカ・バンドを聞いてはいない。少し耳にした『ダンス・ハ・スンダ』や『サイクリング・ブギ』がいかにも遊びのための遊びという感じがしてあまり興味が湧かなかったこともある。その後『黒船』を聞いてその素晴らしさに驚いた。
 ただ、ミカ・バンドが、その頃大好きだったロキシーミュージックのツアーのサポートバンドをつとめたというニュースを聞いたときは、なんとなくうれしかった。
 そのイギリスツアーをきっかけに加藤夫妻が離婚し、ミカ・バンドが解散したときは『あの素晴らしい愛をもう一度』を聞いて笑った丸山くんを思い出した。
 私はロックに時代の表現を求め、音楽以上の何かを期待しながら聞いていたように思う。そういった私の視野から加藤和彦は消えていった。遊び、趣味、美学といった言葉がふさわしいようにおもえた。
 彼の音楽を聴き続けていなかったせいか、時々見かける髪の薄くなった加藤和彦の姿には違和感があった。中学・高校時代の私が彼に感じた魅力は、あくまでも髪がふさふさで飄々と軽やかでありながら、時には既成のものを壊してしまう自由さだった。
 今聞きなおすと、彼が質の高い音楽を作り続けていたことがわかる。ほんとうに、私はファンになりそこなったんだなあと思う。どんなジャンルであれ特定のアーティストの活動を追いかけるとき、リアルタイムで追いかけるのと、後から時間をさかのぼって追いかけるのでは全く意味が違う。見えるものが違う。感じるものが違う。時間をサディスティック・ミカ・バンド結成時に戻すことができるならば、リアルタイムで加藤和彦を追いかけることができるのだが。
 合掌。   
posted by 黒川芳朱 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 体感音楽論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

CDの値段

 以前、高校生の卒制企画について書いた。「普通の子」で好きな音楽はゆず、持ってるCDはシングル3枚というキャラクター設定である。
 きょうまた、その生徒たちの卒業制作の授業があった。ほぼ絵コンテもできている。その登場人物の生活をいろいろ想像したようである。
 ところで、持ってるCDがシングル3枚という設定が面白く、いろいろと気になる。今のCDの値段、高校生にとっては高いのだろうか安いのだろうか、ちょうどいいのだろうか。
 私の高校時代、アルバムのレコードは1800円だった。その数年後2000円になり、2500円になった。これが1975年くらいだからそれから34年ほど、アルバムの値段はさほど変わっていないことになる。レコードとCDの違いはあるが。
 それに比べて本の値段はずいぶん変わった。岩波新書はその頃150円だったよなあ。
 昔の俺たちにとっての2500円と今の高校生の2500円、今のほうが相対的に2500円の価値は低いだろう。俺たちが学生の頃は買うレコードの枚数も、レコードを買う人口も少なかったように思う。いま、CDの売り上げは落ちているという。音楽配信の影響だ。だが、音楽配信が本格的になる前は、けっこうみんな音楽を買って聞いていたように思う。
 ちょっと気になったのでネットで調べてみた。社団法人日本レコード協会のデータを見ると、面白いことがわかった。俺が高校三年だったとき、1973年のシングル、アルバム、カセット、カートリッジ、オープンリール全て合わせた音楽メディアの売り上げ数は198,700千(枚・巻)、一番売れたのが1997年の480,706千(枚・巻)、直近では2008年の303,490千(枚・巻)となる。レコードあるいはCDだけの比較もできるが、音楽をどのぐらい買っているかという比較では総売上での比較が適切だろう。2008年の売り上げには音楽ビデオも入っている。
 こうしてみると1973年ごろは、やはりあまり音楽を買っていないことがわかる。一人暮らしの学生は、ステレをもっている奴のうちに集まって、レコードを聞いたもんな。ウォークマンがまだなく、ステレオを買うかラジカセで我慢するかだった。今はみんな、i-podやケータイで音楽を聴いている。みんながメディアを持っている。
 いまは、音楽がある生活が当たりまえのように感じているが、歴史的には異常なことなんだなあ。
 
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2009年10月15日

カメラを持って思うこと

 カメラは道具だが、カメラを手に持つとカメラから伝わってくるものがある。
 私はビデオカメラ、16ミリや8ミリのカメラ、写真のカメラ、デジカメなどいろいろなカメラを手にする。
 このうち、古くなるのが一番早いのはビデオカメラだ。買って1,2年するとまだそれ使ってんのという感じになる。もちろんかなり強情に使っているが、それでもいろいろと不便はある。ビデオの場合、まず録画のフォーマットが変わってしまうことがこれまでに何度かあった。民生機だとベータ、VHS、VHS−C、8ミリビデオ、Hi8、miniDV、と変化してきた。このうち私がカメラとして使ったフォーマットは、ベータ、VHS、Hi8、miniDVの4種類だ。業務用としては、UマチックとベータカムSPとDVCAMを使った。それも今では古くなっている。すぐ古くなるということは、カメラがあまり存在感を持ってこないということでもある。また、ビデオカメラは電子機器なのでそれ自体がブラックボックスであり、メカとの信頼関係が生まれにくい。
 それに対して、一番存在感をもっているのは35ミリ一眼レフのカメラだ。10代の終わりにカメラを買ってもらい、途中買い替えはあったが、フォーマットとしてはずっと使っている。じつはカメラでいろいろ遊べる余地が一番あるのがこのフォーマットだ。このカメラをもっていると安心する。だが、このフォーマットもデジタル一眼レフに押され、市場での存在感は日々薄れている。
 8ミリや16ミリの映画用カメラは、存在感があり手になじむがカメラの性能によって遊べる範囲が変わってくる。いまやほとんど使われないフォーマットだが、ビデオカメラよりはメカとしてずっと信頼感がある。たとえ世間で使われなくなっても、フィルムがあって現像ができればずっと使い続けたいと思っている人が少数だが存在する。
 デジカメは、メカというより機能という感じが強い。信頼感はなく、いつ消えてもおかしくない。
 おとといシネコンで感じたことと同質の感じを、デジカメを持って感じた。

   
posted by 黒川芳朱 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月14日

シネコン

 昨日の夜、妙典のワーナーマイカルで松本人志の『しんぼる』を見た。映画については『この惑星』の『アーティスト・アイズ』に書くのでそちらを読んで欲しい。
 それにしても、シネコンは古い映画ファンにとってはなじみにくい。別に嫌なわけではないのだが、映画を見る場所という感じがうすい。
  まず部屋がいくつかあり、スクリーンにナンバーがふられ、部屋はそのスクリーンナンバーで呼ばれる。同じスクリーンに、時間帯によって違った映画がかけられる。シネコン用語ではなく昔からある言葉だが、「スクリーンに映画をかける」という表現は面白い。掛け軸や絵を掛けるからきている表現だろうか。
 ひとつのスクリーンに一日に何本もの映画が上映されるのは、むしろ映画館の企画上映や映画祭、自主上映を思わせる。だが、それらの上映には効率からは外れることもある映画への情熱が感じられる。だが、シネコンの上映形態は効率性、機能性のほうが強い。
 映画館には独特の色、匂い、文化がある。ロードショー館であれ名画座であれ。だが、シネコンにはそれがない。伝統や歴史や文化といって古さにつながるイメージは否定している。常にぴかぴかの現在を演出している。まるでベニヤの書き割りでできたバラックのようだ。
 どことなく、東京に似ていないだろうか。
posted by 黒川芳朱 at 10:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 都市風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月13日

東京メトロ一日乗車券を使って

 今日は移動が多い。交通費だけで1000円を越す。
 東京周辺は交通網が発達して便利だ。どこでも大体電車でいける。新しい地下鉄がどんどんでき、あっこんなところにも駅ができたのかと思うことがある。だが、しばらくするとその駅がなかった頃はどんなに不便だったろうと思ってしまう。最近では新都心線、池袋から渋谷まで楽になったなー。
 だが、交通費は高い。便利なもんでついあちこち電車で行くと、小銭が減り札がへり、あれ、こんだけしかなかったっけーということになる。
 俺の場合、毎日同じところに仕事に行くわけではない。だから定期を買おうと思ってもうまくいかない。プリペイドチケット的な意味はあっても、節約にならないのだ。PASMOやSuicaは何の節約にもならない。
 で、最近愛用しているのが東京メトロ一日乗車券。710円で東京メトロ全線が乗り放題。家からだと東西線を幹線として都内は大体どこでも地下鉄で行ける。710円だと片道355円、ちょっとした田舎道のバス代くらいだ。
 それにしても、交通費はもう少し安くならないだろうか。それとも、我々は移動しすぎるのだろうか。
posted by 黒川芳朱 at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 都市風景 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

プロラボを探して

 数日前の話だ。昔撮ったリバーサルフィルムからダイレクトプリントをとろうと思い、以前よく利用していた銀座の日本発色に行ったら看板は残っていたが店と階上のオフィスは閉鎖していた。つぶれたのか。
 携帯で調べるとつぶれているらしい。去年の7月のことだという。ううむ。銀座の路上でのニッパッツ閉鎖に関するリサーチはそこで切り上げ。事情は家に帰ってゆっくり調べよう。
 いまはかわりのプロラボを探さなくてはならない。堀内カラーはどうかな。うん、まだ健在のようだ。でも銀座周辺にはないな。あれ、上場廃止とか言う記事もある。でもまあやってるわけだ。でも今はもっと近場を探そう。でもでもでもでも。
 CREATEはどうかな。あっ銀座にある。有楽町の駅のそばだ。都内は銀座と新宿にしか店舗はないな。じゃお世話になった渋谷はもうないのか。行ってみよう。
 行ってみてちょっと驚いた。こじんまりしている。でもでも、考えてみればラボの受付なんてこんなもんで十分か。日発の銀座の店もこんなもんだったなあ。CREATEの渋谷の店がちょっと大きかったので、小さく感じただけのこと。それよりプロラボといえばひとつの店として壁やドアで区切られたスペースの印象ばかりだったが、このCREATEは銀座ファイブというショッピングセンターの一角にあり、通路に面したオープンスペースだった。だから、プロラボというより一般のDPE屋さんのような感じだ。
 とにかく、フィルムをめぐる状況は日に日に変化している。今日、プロラボについての情報を収集したのが携帯電話だというのも象徴的だ。なにせこの携帯で、写真を撮ってメールで遅れるのだから。
 でもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでもでも。
 
posted by 黒川芳朱 at 22:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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