2008年08月29日

北京オリンピックとハリウッド

 北京オリンピックが終わった。
 北島康介選手、谷本歩実選手、吉田沙保里選手などなど、多くの日本人選手の活躍をはじめ、記憶に残る名場面の数々。だが、私にとって最も忘れがたい出来事は、開会式とその顛末である。
 話題になったのは今さらいうまでもなく、開会式の中で歌っていた少女は口パクで実際歌っていたのは別の少女だったということと、放送された映像の花火の一部がCGだったという点だ。さらに印象深いのは、全体の演出がチャン・イーモウ、ビジュアルディレクターが蔡國強という、映画や美術に関心がある人間にとっては耳慣れた人名が主役として登場する点だ。この二人の芸術は、今後含み笑いを浮かべながらでないと見れなくなってしまった。
 チャン・イーモウは完全主義者といわれる。処女作『紅いコーリャン』で、映画の撮影のために広大なコーリャン畑を作ったという話は有名だ。こういったことは映画では時々ある。しょっちゅうはないが、予算があればやりたいと思っている監督はたくさんいるはずだ。 映像は情報の組み換えによって嘘をつく。嘘の中に真実を描き出すといわれる。札幌で撮った映像と東京で撮った映像を、編集によって同じ街に見せることなど常套手段だ。映画のために作られたコーリャン畑と、編集によって生まれた街と、どちらが嘘でどちらが事実かと問うまでもない。どちらも嘘である。
 そう考えると、北京オリンピックの開会式のチャン・イーモウの演出はよくわかる。きれいな声ときれいなルックスを組み合わせよう。映像的に足りない部分はCGで補完しよう。これはドキュメンタリーではなくショーなのだ。合成や組み換えがあたりまえの現在の映像制作の方法が前面に出たライブパフォーマンスといえるだろう。今回の問題はチャン・イーモウの創作者としての本質に関わる問題なのである。開会式は非公開のもので、世界中に配信される開会式の映像が完成作品だったなら、それでも問題はなかった。  
 だが、オリンピックの開会式は映像作品ではなかった。中国国内ではネットなどで、観客の前に現れた少女よりも歌っていた少女のほうが人気が出ているという。虚が実に逆襲されているようにも見える。実とは現実や真実というより、嘘の舞台裏が透けて見えるという程度のことだが。
 開会式の直後、私はこの「本日おかしばなし」にアトラクションそのものがインフェルノやフレームで作られた映像を見ているようだと書いた。また、ライブパフォーマンスを見ているというよりプログラムを見ているようだとも書いた。インフェルノやフレームというのは、実写やCGの映像を加工したり合成する機械である。
 それはまるで、一度完璧にCGで創られたものを、あらためて人間や物を使ってライブで再現しているように感じられた。スクリーンやグラウンド面に映る映像が人の動きと完璧にシンクロし、映像と実体が融合している。私は、その両者をテレビの画面という映像で見ている。その結果、グラウンドで踊っている人物とグランド面に映った映像は、一次映像か二次映像かの違いはあるがどちらも映像(虚)となる。そう考えたとき、私は自分が見ているものがライブパフォーマンスではなく計算されたプログラム、言葉を変えて言えばひとつの「系」だと思ったのである。
 北京オリンピックの開会式は、この数十年のハリウッド映画と重なる。ビルの谷間を背景と完全に融合したスパイダーマンが自由に飛び回る映像を、現実の空間で再現したようなものである。
 映像データのデジタル化とHD化によって、映像の加工や合成の精度は飛躍的に向上した。映像というメディアがもともと持っていた「嘘をつく力」がより巧みに、洗練されてきている。 
 映像は一方で、実写や写真という言葉が示すように現実や真実というものの幻影と深い関係にあった。「実」という言葉は、加工できない、あるいは加工してはいけないという磁力を発していた。そして、その対極に情報の加工によって「嘘をつく力」があった。「実」と「虚」の間に深い溝があるように思えたからこそ、その間を往復する映像メディアのダイナミズムがあった。デジタル技術は0と1によって、「実」と「虚」の間の断絶をきれいに均し地続きにした。その結果、画面に映っているひとつひとつの物、人物、出来事は記号化していく。
 「嘘をつく力」が洗練される一方、「虚」の舞台裏が透けて見える事態が進行しつつあるのも皮肉な話である。
 だが、これは考えてみれば当たりまえの話かもしれない。家庭用ビデオカメラのハイビジョン化やコンピュータによる映像編集が身近になったことは、洗練された「嘘のつき方」が身近になったということである。嘘の舞台裏は見えているのだ。
 大笑いしながら、「つくる」ということを改めて考えさせられた北京オリンピックの開会式である。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜本日おかしばなし〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 

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posted by 黒川芳朱 at 05:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 映像 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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