2009年09月09日

『中村宏・展』を見た

 京橋のギャラリー川船に、『中村宏・展』を見に行った。
 抑制された表現ながら力強い絵画の魅力を味わった。見ているときは単純に、うーんいい絵だなあと思っていたのだが、画廊を出て地下鉄の中でその体験を反芻しているうちに、久々に絵を見ることのリアリティを味わったのだということに気づいた。家に帰ってきた今も、その感覚はさらに増している。
 きょうび絵画にリアリティを感じることはまれだ。具象であれ、抽象であれ。いい絵だなと思うことはあっても、どこかで過去のメディアに接している感じは否めない。絵を見ることが今の事件としてひりひりと感じられることはめったにない。
 白と黒を基調にした色彩、色はほとんど使っていない。物の輪郭が太い線で描かれる。縦横に走る格子状の線が画面を覆っているが、必ずしも画面全体には及んでいない。ほとんどの作品は水平線で分割されており、線の上部が黒、下部が白で塗られている。格子状の線は白い部分には引かれているが黒い部分にはない。また、格子といっても升目は正方形ではなく、横長の長方形だ。この格子状の線と、太い輪郭線で描かれた物や人物の描写は、方眼紙に描かれた設計図や説明図を連想させる。
 この格子状の線は、絵画が平面であることをいやがうえにも強調する。そしてその中に描かれた絵柄の遠近法的な描写と落差を生み出す。絵画が平面であることと三次元空間のイリュージョンを表現しようとすること、つまり絵画の本質的な矛盾がぶつかり合う。画面上部とその他の場所に出現する黒い領域は、格子の空白地帯であり、絵画の本質的な矛盾を沈黙させる闇の領域である。
 白い面はところどころ斑のあるタッチで塗られている。格子状の線も定規で引かれたように斑のない均一な線ではなく濃淡があり、絵によっては薄くゴーストのように二重になっている。つまり一見説明図に見えながら、設計図にはありえない絵画的な幅をもっている。
 中村さんからお送りいただいた案内状には『図鑑・2 背後』という首のないセーラー服を着た女性の後姿の絵が印刷されていた。私はうかつにもドローイングかと思った。アクリル・キャンバスと書いてあるのに。だが現物を見ると、2007年の東京都現代美術館で開かれた『中村宏/図画事件1953-2007』に展示されており、私も見たことのある作品だった。どこの部屋のどこの壁にかかっていたかも覚えている。
 私の鑑賞力と記憶力がお粗末だということは棚に上げる。葉書を見た印象と、実物を見た印象はまったく違う。葉書ではモティーフを指し示すことに重点がおかれた線画のイラストレーションに見えたのだが、実物はモティーフから離れても鑑賞できる絵画としての幅をもっている。その意味でリキテンシュタインの絵画とその複製の関係に似ている。彼の絵は図版で見ると単にマンガに見えてしまうが、実物は絵画としての幅をもっていて、見ることが豊かな体験となる。
 女学生、蒸気機関車、便器など中村さんの絵画はモティーフ自体が面白くて、描かれた空間の中にひったて楽しむことができた。だが、常に絵画論を内包していた。《車窓篇》《タブロオ機械》など近年のシリーズになるにしたがって、絵画論的な色彩がより強くなってきたように思う。今回展示されている《図鑑》シリーズ、《絵図連鎖》シリーズではいっそうその傾向が強まった。特に《図鑑》シリーズは、多くのものをそぎ落とし絵画の本質をギリギリまで問い詰めている。2009年という時代に、私たちは絵画のなかにどんなリアリティを見出すことができるのか、その答えのひとつがここにある。
posted by 黒川芳朱 at 23:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今年、創形美術学校を卒業し、今、パリのシテデザールで勉強している、川井 美乃里です。私は、パリに向かう前、「氾濫するイメージ 八王子市夢美術館」を見に行きました。そこで初めて中村 宏さんの作品を見ました。

見た時の強烈な印象は忘れられません。一つ目の少女達がこちらをじっと見つめ、わたしに訴えている気がしてなりませんでした。それが強くて、今も忘れられず、時々思い出しては、インターネットで調べています。そしたら、このブログに出会いました。

この展示を見終わった後、古本屋にいきました。そしたら、展示のチラシが貼ってあったので、色々お話を聞きました。おじさんは、中村 宏さんの表紙の本や寺山修司さんの本や、森山大道さんの写真集を見せてくれました。 

見るものすべてが、心に響き、感じさせる力がある事に感激したのを覚えています。
私は、日本に帰ったら、黒川先生が中村さんにいただいた案内状をみせていただきたいです。
お願いします。
Posted by 川井 美乃里 at 2009年09月28日 23:49
私は創形美術学校を今年卒業し、パリのシテデザールで勉強している川井 美乃里です。
私が、中村 宏さんの作品を初めて見たのはパリに行く前、八王子でやっていた展示でした。その展示は、赤瀬川原平 粟津潔 宇野亜喜良 木村恒久 タイガー立石 つげ義春 中村宏 横尾忠則の作品が展示された「氾濫するイメージ 八王子市夢美術館」です。

 この時の、衝撃は今でも忘れられず時々中村 宏さんの事を調べて、何処で展示をやっているのかとか調べています。もしよろしければ、日本に帰ったら、中村 宏さんから送られて来た案内状を見せていただきたいです。お願いします。
Posted by 川井 美乃里 at 2009年09月30日 05:10
川井さんパリでの勉強、楽しんでがんばってください。案内状ぐらいお見せしますよ。帰ってきたら連絡ください。
Posted by 芳朱 at 2009年09月30日 08:46
ありがとうございます!
Posted by 川井 美乃里 at 2009年10月08日 05:47
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