収録作品は『ある街角の物語』『人魚』『しずく』『展覧会の絵』『ジャンピング』『おんぼろフィルム』、さらに『おす』『めもりい』の二作品もごく短い抜粋が入っている。また、手塚治虫のインタビューも収録されており、たっぷりと手塚ワールドに浸った。
私が感じる手塚漫画の特徴は、作品がかもし出す感情の豊かさだ。ひとつの作品に笑いもペーソスも勇敢さもかわいらしさもある。さまざまな感情が込められている。シリアスなストーリーの漫画にもユーモアがある。場合によってはストーリーの雰囲気を壊すのではないかと思われる「おむかえでごんす」とか、「ひょうたんつぎ」といったキャラクターが登場する。そういった手塚作品の特徴は、これらのアニメーションにも感じられる。
だが、漫画との違いも大きい。私は自分の人格の何パーセントかは手塚治虫の影響で形成されたと思っている。小学校のときは毎月『少年』をとっており『鉄腕アトム』は雑誌掲載時にリアルタイムで読んでいた。中学に入って『COM』をとるようになり、『火の鳥』もリアルタイムで読んだ。だが、こういった漫画の手塚治虫と短編アニメーションの手塚治虫では明らかに違う。短編アニメーションには、漫画にはない異質なものが混じっている。
まず、手塚治虫といえばその巧みなストーリー作りに特徴がある。ストーリーがしっかりとあるので、さまざまな遊びや実験が可能になる。だが、これらの短編アニメーションにはそれほど強いストーリー性はない。はっきりとストーリーがあるのは『人魚』、ストーリーらしきものがあるのは『ある街角の物語』だ。ストーリーに重点はないが、ショートショート的な意味での「オチ」があるのは『しずく』である。つまり、これらのアニメーションはストーリーに頼らずに作品を構築しているのだ。こういった作品は手塚作品としては珍しい。
また、絵柄が実に多様な実験を行っている。漫画でこれほど多様な絵柄は見たことがない。実は手塚治虫のインタビューでその秘密は語られている。手塚治虫はこれらの作品で、全体の枠はきめるが細かい部分はアニメーターに託しているという。絵コンテを描いて、あとはアニメーターにお任せということも多かったという。そして、そこでそのアニメーターの作家性が出てくることをよしとしていたらしい。手塚治虫は、若いアニメーターを育てるというサービス精神、というようなことをいっていたが、それが面白い結果を生んだと思う。『ある街角の物語』のモダンデザインふうの様々なポスター。『展覧会の絵』のスタイルや時代を異にするたくさんの絵画。なかには今で言う「ヘタウマ」のような絵画もあった。これらは各アニメーターが、様々な実験をこらした結果だろう。『しずく』の渇きの表現も絵として面白い。
夜中に見たのでやや朦朧として気持ちよい中での鑑賞だったが、これらの作品については今度じっくり考えてみたい。