2009年09月29日

藤山貴司さんのこと

 久しぶりに大串孝二さんと会った。来年の9月に開催される画家藤山貴司さんの新作展で、僕と大串さんでパフォーマンスをやらないかというお誘いを藤山さんの奥さん、麻美さんから受けた。そこで3人で会ったのだ。
 なぜ本人ではなく奥さんかというと、藤山貴司さんは去年の8月に亡くなっている。彼が亡くなる前に作っていた作品を、麻美さんは遺作展ではなく新作展として発表したいというのだ。僕と大串さんのパフォーマンスも麻美さんの発案である。彼は素晴らしい大画面の絵画を描きつづけたが、死の直前に作った作品は不思議な立体作品だ。
 麻美さんは、僕らのパフォーマンスも、オマージュではなく、藤山さんを生きた作家として扱って欲しいという。これには大賛成だ。
 かつて、スタン・ブラッケージの回顧展を日本で開催したとき、私は実行委員の一員として『リスポンドダンス』という、さまざまなアーティストが自分の作品をとおしてブラッケージとの対話するという企画を担当した。アーティストに交渉するに当たって、オマージュではなく本気の対話をしてください、対決でもかまいませんと説得した。
 このパフォーマンスを単なる追悼の儀式にするつもりはない。なんらかの形で藤山貴司という画家を浮かび上がらせなくては意味がない。表現を通した藤山貴司論を展開したい。これが有名人同志なら見る人の中にある程度の予備知識もあり、イメージを膨らませ易いかもしれない。だが、さほど有名ではない優れた画家へ、さほど有名ではないパフォーマーがどう対話を試みるか難問だ。
 一年あるが、さっそく考えよう。 


posted by 黒川芳朱 at 23:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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