2011年06月02日

コンクリ打ちの記憶

 20代のころ、土方をしていた。
 コンクリ打ちと呼ばれる仕事があった。
 鉄筋コンクリートのビルを建てるとき、鉄筋屋さんが壁を鉄筋で組み、大工さんがそれを板で囲み壁を作る。さらに天井になる部分に板を張る。板は下の階の床との間を何本ものジャッキ状の太いパイプで止める。その板の上に鉄筋屋さんがさらに鉄筋を組む。上の階の床になる。
 大工さんが組んだ板は型枠と呼ばれ、型枠で囲まれた中に鉄筋が組まれている。その中にコンクリートを流し込んでいくのがコンクリ打ちだ。コンクリ打ちはポンプ車が来て、オペさん(オペレーター)がホースの先端をもって、壁の隙間や床にコンクリを流し込んで行く。俺たち土工はバイブレーターや木槌やスコップやカッパギと呼ばれる道具を持って、コンクリがきれいに流れ込むように振動を加えたり、壁の板を叩いたり、コンクリ均等にを引き伸ばしたりする。カッパギとは算木と板で作ったT字状の道具で、どろっとしたコンクリの塊をそれで伸ばすのだ。
 床部分はスラブと呼ばれる。スラブにコンクリを流し込むとき、奇妙な感覚に襲われた。何もないところにコンクリートが流れてきて、それを伸ばそうカッパギを持ってコンクリをひっぱる。そのとき足にもコンクリが流れてきて、圧力がかかる。ところで足元は鉄筋が組んであり、往々にしてその隙間に足首を入れているので自由が利かない。自由が利かないところに、コンクリという流動体の圧力がかかり、さらに上体はコンクリを引っ張ろうと力を入れる。体全体がバランスを崩しそうになる。
 何度か、コンクリ打ちの夢を見たことがある。夢の中でも、体はバランスを崩し、足はとられ足mことからずるずると流される感覚に襲われ、はっと起きたことが何度かある。
 足場から落ちる夢と、コンクリ打ちで足がとられる夢、それが土方時代の思い出だ。
 きょう永田町が液状化した。
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2009年10月24日

ダウンタウンについて

 『この惑星』に松本人志監督の『しんぼる』について書いた。そのなかで、書きたかったのだが字数と全体のバランスで書けなかったことがある。
 あれは確か日韓ワールドカップが開催された2002年だった。日本中が熱に浮かされ大騒ぎになった。あちこちににわかサッカーファンが出没し、おおむかしからサッカーファンだったかのような顔をした。芸能人もテレビで自分がいかにサッカーに詳しいか、知識やウンチクを披露した。
 その頃専任講師をしていた某専門学校で、別の科の教員が今日はワールドカップの重要な試合があるので何時間目だかの授業を休講にして学生にテレビを見せたらどうかと提案した。さすがに、学校として休講にすることにはならなかったが、彼はワールドカップというのは特別だからということをさかんに強調していた。
 何から何までサッカーで、大げさに言えばサッカーやに興味がない奴は非国民だといった雰囲気すらあった。
 そんな時、ダウンタウンの2人は何かの番組で誰があんなもん観るかと言い放った。まっちゃんにいたっては、日本戦の放送の日に性感(マッサージ)に行ったらすいててよかったと言っていた。俺はこの2人に対する信頼を固くした。
 サッカーの好き嫌いではない。ひとつの方向にみんなが一斉に向かおうとするとき平然と逆のことを言えるダウンタウンがあらためて好きになった。
 自分が権力に迎合したり、長いものに巻かれそうになったとき、性感マッサージを受けているまっちゃんの顔を想像し、その顔に顔向けできない生き方だけはすまいと誓った。
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2009年10月19日

甲府から出勤

 甲府で一泊し、早朝5時29分の高尾行き始発に乗る。高尾着が6時53分。7時3分に東京行きに乗り東京着が8時7分。そこから東京メトロの大手町まで歩き大手町から西葛西まで東西線に乗り8時32分着。これで多少の余裕をもって9時からの授業に間に合う。
 甲府で同じ車両に乗った人が、新宿までいっしょだった。そうか、通勤圏なんだ。
 千葉方面からだと、同じ所要時間でどの辺からこれるのかな。調べてみると、館山5時24分発で7時47分に東京着。これは内房線だが外房線だったらどうだろう。安房天津を5時17分に出発して東京着7時41分。東京までならやはり千葉からのほうがほんの少し早いのか。
 西葛西に9時少し前ならもっとゆっくりですむ。俺が通勤するとき同じ電車に乗っている人の中に、5時半くらいに館山や安房天津で電車に乗っている人もいるのかもしれない。今まであまり考えたこともなかったが。
 新幹線で通勤する人もいる。何気なく過ごしている生活の背後に、様々な時間や距離を生きている人々がいるんだな。
 甲府方向から眺めた西葛西は新鮮な眺めだった。   
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2009年10月06日

亀井静香と天竺五郎

 亀井静香金融・郵政担当相が、また物議をかもしている。
 大企業について「日本で家族間の殺人が増えているのは、日本型経営を捨てて、人間を人間として扱わなくなったからだ」といったというのだ。傑作なのは経団連の御手洗会長に「そのことに責任を感じなさい」といい、御手洗会長が「私どもの責任ですか」と答えたという。
 テレビでは識者だかコメンテーターだかが、大臣なんだからこういう発言で受けを狙わないでいただきたいといっていた。そうかね。
 おれはまったく違った場面を思い出した。80年代だったろうか。おれも運営に関わっているライブスペースPLAN−Bに、役者の天竺五郎さんが住み着いていたことがある。おれは学生のころ、状況劇場の紅テントの中で、可笑しなテンポでまわりにちょっとした歪みを作り出す天竺さんの姿を、あんぐりと口をあけて見ていた。「なにをおっしゃる、のぐつぃさん」、その天竺五郎である。
 で、その頃PLAN−Bのスケジュールを管理したり、カレンダーを作ったりしていた斎藤君(おととしまでPLAN−Bにいた斎藤君ではない)という青年がいた。彼は、天竺さんに心酔していた。ここからは、その斎藤君に聞いた話である。
 あるときPLAN−Bに、当時発行されていた「ぴあ」ではない方の情報誌が取材に来た。某シティーロードって言うんだけどね。パフォーマンススペースについての取材だった。斎藤君が対応し答えている脇に天竺さんもいた。
 編集者は相手が天竺さんと知り、「今の小劇場演劇はどうしてこうなっちゃったんでしょうね」といったような事を聞いたらしい。すると、天竺さんはその編集者を指差し、「お前が悪い!」といった。編集者が面くらい「わ、わたくしですか」と答えると、天竺さんはさらに畳み掛けるように「そうだ、お前だ!」といったという。
 天竺さんはずっと前に亡くなっているし、斎藤君が今どこにいるわからないので、確認しようがない。事実確認ができないので、これは事実ではなく、PLAN−Bで行われた芝居だと思ってもらってもいい。
 さて、このことについて何かコメントしようか。
 いや、やめておこう。説明不足は百も承知だが、説明したくねえことだってあんのさ。
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2009年09月26日

レッドカーペットで見たピース

 しばらく前に、『レッドカーペット』という番組で見たピースというコンビが気になってしかたがない。その時は、「想像してごらん」という言葉がキーワードになっているネタをやっていた。このネタの正式名称は知らないが、面白かった。
 ひとりがスパルタ教師風のいでたちで登場し、「最近の若い奴は想像力が足りないんだ。今日は先生をお呼びしているからちゃんと創造する様に」という。そこで『イマジン』がかかり、ジョン・レノン風の男が登場し「想像してごらん○○な○○を」という。それに対してスパルタ教師がツッコミを入れる。面白いのは、想像してごらんといわれると本当にこっちが想像してしまう点だ。だから、ボケとツッコミといっても、通常のボケとツッコミではなく、想像してごらんといわれて想像して自分に対するツッコミという感じが新鮮だ。気になるもうひとつの理由が、オチのもって行きかたが独特なので、他ではどんなオチなのかが「想像できない」からだ。
 気になってネットで検索してみると、コントも漫才もやっているらしい。いまのところ単独DVDは出ていないようだ。出たら、ぜひ見たい。
 
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2009年09月25日

授業とPLAN−B

 某専門学校にて授業。講座名は「ノンリニア編集」。まあ、いまさらノンリニアとつける必要もないのだが、かつての名前が踏襲されている。
 今日の授業内容は先週撮影した素材を使い、イマジナリーラインや対話の編集、アクションつなぎなどを編集しながら学ぶというもの。おなじ素材で、微妙にタイミングをずらしニュアンスの違いを実感する。敏感に反応する学生もいれば、ピンと来ない学生もいる。敏感に反応する学生が必ずしも伸びるとは限らない。卒業生を見ても、在学中は一見鈍そうで物分りの悪かった学生がのびていたりする。このへんが人間の複雑で面白いところ。もうひとつ、教師をやってわかったことは才能がある奴やセンスのいい奴は実は腐るほどいるということ。それを伸ばしたり継続出来る人間が少ないということだ。
 午前と午後でふたクラスの授業を終え、PLAN−Bへ。今日は相倉久人さんの『パフォーマンスジョッキー 重力の復権』。きょうは入りがギリギリになりそうだったので、実はきのうの夜機材のセッティングはしておいた。
 17時半に着き、掃除。素材の頭だしなど軽く準備。相倉さんは18時入りの予定だが若干遅れてぎみ。新宿からバスでみえるのだが、この時間中野通りはえらく混むことがある。到着、やはり「大渋滞だよ」とのこと。私も何度も中野通りの渋滞は経験したことがある。歩けばなんということもない距離がまったく進まず、かといってずっと歩くとそれはとんでもなく時間がかかるし、にっちもさっちも行かなくなる。バスや車の車窓から見る風景は、そのときはえらくあせって入るからそんな風に感じる余裕はないのだが、後になって思い出すとと見慣れた町がニュアンスを一変していて面白い。
 きょうのパフォーマンスジョッキーは、想像、妄想、嘘といったことがテーマ。本番前の打ち合わせは時間ギリギリになったが、本番は滞りなく終了。その後、お客さんを交えて茶飲み話。
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2009年09月12日

高校の文化祭に行った

 私が非常勤講師をしている某県立高校の文化祭に行った。
 この高校には普通科と芸術科があり、わたしは芸術科を中心に、普通科の生徒も数人教えている。芸術科は各学年一クラスだが、それぞれ教室で作品展を行っている。普段の授業とは違った生徒の一面を見ることができ、面白い。この子はこんな絵も描くのか、こんなメディアにも興味があるのかといったさまざまな発見がある。
 ふだんやたらにぎやかな女の子が、終電の車内でぽつんと座席に座る真っ白い人型を油彩で描いていたのが印象的だった。また、数人の生徒が合作で黒板にチョークで描いた壁画が見事だった。黒板にチョークというと線画を想像するだろうが違う。チョークをパステルのように使いこなし複雑な色彩とタッチを生かした絵である。
 また、ロビーでは3年生がライブペインティングのパフォーマンスを行っていた。写楽の首絵、ピカソの泣く女、フェルメールの真珠の首飾りの少女などを多少のアレンジも加えつつ模写している。ひとつの大画面にこれらが同時に描かれていく。最終的にどうなるのだろう。
 映像の自主制作もあった。2年生がPV2本、3年生がドラマ4本どれも面白かった。
 3年生のドラマはオムニバス作品。内容はある高校での4人の生徒を中心にしたできごとを描いている。4作品は日付がタイトルになっている。ひと作品ごとに監督は違う。4人の監督が、中心となる4人組の生徒を演じる。先生やクラスメートも出演。舞台は学校。ちょっとホラーっぽかったり、青春物だったり。いつも勉強したり生活している学校で、架空の高校生の役を演じるところがふしぎな味わいだった。役柄の部分と本人の部分が微妙に重なり合う。
 足りないところを上げればきりがないが、それが可能性だという青春のパラドクス。作ることの残酷さの中で、新しい命がもがき始めている。 
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2009年08月31日

台風・戦争・怪獣

 台風とともに総選挙が始まり過ぎ去っていった。
 以前から感じていたことだが、台風は日本人のイメージや世界観に大きな影響を与えているのではないだろうか。世界観という言葉は、いまややあんまり使いたくない言葉になってしまったが。
 日本の戦争映画を見ると、戦争が災害のように描かれている。庶民は被害者で、赤紙一枚で戦場に送り出され、残された父や母や妻や子や内地で苦労し、やがて兵士は戦場から帰還する。場合によっては負傷し、トラウマをかかえ、あるいはお骨や形見の品だけとなって。庶民は戦争が過ぎ去っていくのをじっと耐えている。そんな描き方が多い。
 そのことを意識したのは、エミール・クストリッツァ監督の『アンダー・グラウンド』を見たときのことだ。ユーゴスラビアという複雑な歴史を持つ国の現代史を寓話的に描いた作品だが、歴史の中で一般の民衆が加害者にも被害者にもなることを見事に暴き、それでいながら人間への深い愛情に満ちた傑作だ。
 もうずっと前に亡くなった遠縁のおばさんがいる。これもとっくに亡くなった祖母に子どもの頃に聞いた話だと、戦前のことだがその遠縁のおばさんは政治家などの演説を聞いて、その内容が反戦的だったり政府に批判的だったりすると、官憲に「あの人は国家のためにならん」と告げ、官憲に「あなたは立派に人だ」と褒められたそうだ。祖母は彼女を尊敬していたように語った。餓鬼のおれは偉いおばさんだと思って聞いていたが、歴史を知るにつけてとらえ方も変わってきた。だが、子どもの頃親戚に遊びに行くと可愛がってくれたおばさんは、しっかり者の優しい人だったことに変わりはない。
 庶民が単に戦争の被害者だったというとらえ方は、一面的過ぎるように思う。その結果戦争という人的災害が自然災害のように描かれてしまう。そこにある被害と加害という分裂した人間のあり方がすっぽりと抜け落ちてしまう。
 そう考えたとき、戦争が台風のように描かれていることに気づいたのだ。空襲も、原爆も。
 さらにいえば、『ゴジラ』に始まる怪獣映画も形を変えた台風映画だ。南の海からやってきて、日本に上陸し去っていく。
 日本人は大きな変化や社会的な変動を、台風のようにとらえる習性があるのだろうか。自分がそこに加担して起きる出来事というよりは、どこからともなくやってきて日常生活をめちゃくちゃにし、通り過ぎていく。人々をそれをやり過ごす。
 そう考えると、黒船もマッカーサーも台風のようにとらえていたような気もしてくる。もっとさかのぼって、元寇のときに吹いた神風も台風だ。
 何の検証もしていない思い付きと連想だが、日本人のイメージに台風が深く関与しているのかもしれない。少し調べてみるか。
 ところで、今回の総選挙は自然災害ではなく多くの人が加担したという実感を持った事件だった。
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2009年08月27日

街角が変わった

 あれ…。
 いつも通る交差点、何かが変だ。朝通ったときは何も感じなかったのだが、夕方におなじ所を通ったらどことなくいつもと違う。いつもは目立たない街角が、ちょっとめかしこんだような。
 立ち止まって、ぼおっと見た。
 通り過ぎる人も車も、いつもと変わらない。今日は雨も降っていない。公園の木立も刈り込んだ様子はない。花が咲いたり、何か看板やモニュメントめいたものが立っているわけでもない。
 子どもがチャリンコで走っている。おばあさんがヨタヨタ歩いている。信号が点滅を始めた。信号待ちの車はいない。大丈夫だおばあさんは渡り切った。
 あっ、信号機が違う。新しくなっている。車両用の信号機も歩行者用の信号機も真新しく、光もクッキリしている。隣の交差点を見ると、信号機の灯体は黄色っぽい。あっちはまだ交換していないのかな。
 そしてもうひとつ、ささやかな大変化があった。古い歩行者用の信号機は、緑ないしは赤の光の中に、歩いているあるいは止まっている人型が白抜きで描かれているのに、新しい信号機では、黒い四角の中に人型が緑ないしは赤で浮かび上がるようになっている。このほうが、人型がひきしまって見える。
 街角がちょっと表情を変えたのは、人型のネガポジが反転していたからのようだ。
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2009年08月25日

シマウマの世界

 転寝をした。
 夢を見た。
 世界の光景が、シマウマの縞のようになってしまう。太い、不均衡な白黒の縞縞の世界。あれ、これは何だ。あれは何だ。ここはどこだ。あそこはどこだ。どこが境目だ。なぞ解きをしながら歩いていく。
 夢は見ているときは強烈な体験なのに、言葉にしようとするとどんどん曖昧になる。記憶の中でしだいにぼやけていく。
 そういえば、縞縞も縞縞自体ははっきりしているのに、全体としては曖昧なぼやけた世界だ。
 シマウマのようだったのだから縦の縞だ。これはまちがいない。
 歩いていくと、自分の体の一部つまり手や足も視野のなかに入ってきたのだろうか。よく覚えていない。入ってきたとしたら、まわりの世界と自分の手足は分離して見えたのだろうか。よく覚えていない。
 物が動くと縞縞も動く。
 おれたちの目は、視野のなかから特定の対象を選び出し、その対象だけに注視するはたらきがある。たとえば誰かと話しているときは、視野のなかのもの全体を均等に見ているのではなく、話している相手を視野から切り離すように浮かび上がらせている。縞縞の世界でそれがどうなっていたか、思い出せない。
 縞縞のなかの縞縞のなかの縞縞のなかの縞縞のなかの…
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2009年04月08日

土方巽さんの誕生日で思い出したこと

 このブログを休んでいる数ヶ月の間に間に色々なことがあった。
 そのひとつ、3月9日にはPLAN−Bで『土方巽81回目の誕生日』という催し物があった。出演者と観客という関係はなく、きりたんぽなどをご馳走になりながら、参加者みんなが土方さんについて何か語る会だ。私も土方さんの思い出を語った。
 80年代初頭にPLAN−Bで土方さんの業績を映像で紹介する会を行ったとき、私は膨大な数の写真の複写や写真を8ミリで再撮影して映画化する仕事を担当した。
 「土方さんの業績を映像で紹介する会」という言葉で連想するのとはまったく違った内容の会だった。 静止画だからといってパシャッパシャッとスライドを切り替えていくようなおとなしい会ではない。スライド一枚一枚をピン送りしたり、映写機を振り回して映像を乱舞させたり、シングルスクリーンからマルチスクリーンに切り替わったり、一度固定し、定着してしまった映像に息を吹き込むライブパフォーマンスだった。
 そのころ、レゲエにおいてダブとかDJというものがというものが重要な役割を持っていることがわかり始めていた。何枚かの音盤を聞いて、なるほどこういうことかと納得した。スクラッチなどのDJ文化が炸裂するヒップホップは、まだ目立ってはいなかった。
 私は実験映画やビデオアートの制作以上に映像パフォーマンスにのめりこんでいた。それは、パッケージ(ソフト)とライブということを意識していたからだ。一度パッケージ化した映像を、もう一度ライブパフォーマンスの場で蘇生すること。そんなことを考えていた。
 その時に出会った土方さんの記録映像への向き合い方は、非常に刺激になったことを覚えている。
 『土方巽81回目の誕生日』で私が話したことはもっと別の話だが、ここ数日映像パフォーマンスということを考えていたら、土方さんのことと当時自分が映像パフォーマンスについて考えていたこと、どんなところから刺激を受けていたかなどなど思い出した。
 いまや歌謡曲のバックでもDJがいたりするが、当時はDJ自体が目新しかった。
 土方さんがスライドや写真に息を吹き込んだのと、DJが行うスクラッチなどの技法とはまったく違う。だが、一度完成したソフトを、もう一度生々しく蘇らせようという意識は共通している。
 このあたり、もう少し考えてみよう。


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posted by 黒川芳朱 at 23:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月25日

道具の一生

 「いまは、もう、動かない、おじいさんの、時計」。
 古くなった道具には、独特の魅力がある。
 よく古道具屋やフリーマーケットで、動かなくなった時計やカメラなどをアンティークな置物、ディスプレイとして売っている。もちろん値は安いが、それでも買う人はいる。動かないくせにあまり大きなものは邪魔になるが、テーブルの上に置けたり壁にかけられる程度の大きさの物は装飾品になりうる。
 電化製品になるとちょっと怪しくなる。古くなった洗濯機、冷蔵庫、ステレオ、うんと古くてよほどデザインに魅力があればともかく、古いだけでは魅力がない。
 冷蔵庫は、棚代わりにはなる。古いデザインに面白いものがありそうだが、ただの四角い冷蔵庫では邪魔になるだけだ。
 うんと古い洗濯機には脇にハンドル式の「絞り機」がついている。そのぶん今と違った形になるが、あれをディスプレイとして部屋に置く気にはなれない。
 コンポーネントステレオは場所を取り過ぎる。蓄音機一個ならなかなかいいインテリアになる。
 ビデオデッキなどになるといくらデザインが優れていても、基本的に四角い箱なので飾っておこうという気にはならない。
 コンピュータはどうか。これも難しいなあ。アップルUぐらいならディスプレイの価値はあるのかなあ。
 こんなことを考えたのは、愛用していたビデオの編集ソフトが古くなったことを実感させられたからだ。サポートが終わりトラブルが発生したときに対処法を簡単に調べられなくなってしまった。数ヶ月前まではソフトウェアのメーカーのホームページに「Q&A」のコーナーがあり、簡単に調べられた。今は、サポートセンターでもアシュアランス契約をしていないと購入2年後の問い合わせは受け付けないという。プロ用のソフトウェアなので、メーカー側も強気だ。
 結局、購入先に問い合わせて調べたもらったが、そこでも社内にその製品がすでになく、しばらく時間をくださいといわれた。調べて後日連絡をくれたので助かったが、浦島太郎の気分だった。
 古くなったソフトウェア、これはディスプレイにはならない。なにしろ物ではないので。CDやマニュアルの入った箱はあるが、あんなもん飾ってもダサいしなあ。ソフトウェアは物ではなく情報であり記号だ。
 作業内容だけを考えると、古いコンピュータとソフトウェアでも充分仕事はできる。ワープロソフトなんて、数年前に完成しているだろう。ソフトによっては、古いバージョンのほうが使い易い場合もある。
 だが、コンピュータを買い換えるとソフトウェアと合わなくなったり、ソフトウェアを買い換えるとコンピュータと合わなくなったり、やっかいだ。
 コンピュータというものはハードとソフトの組み合わせなので、一個一個ばらばらに組み合わせることも取り替えることも可能なはずだった。それは短い期間での話であって、長い時間の中では結局全体を変えないとうまく機能しなくなる。メーカーの考える期間と個人が使用する期間に大きなズレがある。仕事で頻繁に使うものと、それほどでもないが使うものとの間にもズレがある。
 以前クイズ番組で、どうしても冷蔵庫を当てたいという老齢のご夫人が登場した。タレントではない。視聴者の方だ。その生活ぶりが紹介されていたが、質素にくらし冷蔵庫を何十年にもわたって愛用しているという。故障しては直し、外装が痛んだ箇所は自分で補修して大切に使っている。だが、ついに修理不可能になったのでどうしても冷蔵庫を当てたいというのだ。
 クイズの結果、冷蔵庫を当てた彼女は泣いていた。それを見て私はちょっと感動した。今のような使い捨ての時代に、こんなに物を大切にし愛情を持って使う人がいるのか。
 長い間使い続けられるものと、古くなると使えなくなるものがある。私の使う映像機器でいえば、フィルム用のものは長い時間使えるものが多かった。ビデオ用のものはすぐに古くなってしまった。
 また、使えなくなっても物としての魅力を持ち続けるものと、魅力を失うものとがある。
金融という記号の危機が騒がれるなか、物と人間について考えた。
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2008年10月21日

朝日新聞を読んで宗教について考えたA

 きのうの朝日の朝刊に載っていたもうひとつの宗教に関する記事は、「仏像盗難30体」という見出しで、静岡県のあちこちの寺で地域の人が守ってきた寺から仏像が消え、フリーマーケットやオークションで売られる事件が多発しているというものだ。
 住職のいない無人の寺で、檀家が管理しているところがねらわれる。檀家も本尊を見たことがないことが多く、偽物にすりかえられていても気づかないこともあるという。
 あるお寺では、檀家の方が厨司を掃除したところ本尊の如来像に、違和感を覚えた。住職に確認しても確証が得られず、寺にも記録がなかった。ところがよく見ると、如来像の台座は円形なのにほこりの跡が六角形だったので、すりかえられたと判断し被害届けを出したという。ミステリーのような話だ。
 墓泥棒という言葉もあるように、この手の泥棒は大昔からいたのだろう。そういえばインディー・ジョーンズなどというヒーロー物もある。だから、「時代が変わった」「世も末だ」などと嘆くのはあたらないのかもしれない。ただ、静岡県内で30体というのはひどい。新聞にはいつからとは書いていなかったが、気がついたらということなのだろう。
 私が関心を持ったのは、本尊がすりかえられていても宗教という形は成立している点だ。わかった時点で信心も薄れるかもしれないが、気がつかない間はそのまま宗教は成り立っている。先ほどのほこりの跡で判明したケースでは、住職も厨子はめったに開けないので偽物かどうか確認できなかったという。そういうものを厨子の奥に入れ、蓋をして拝んでいたのだ。
 お寺では本尊が精神的な中心である。そこに向かってあらゆる精神性が集中する。遠近法でいう消失点のように。中心であるがゆえにふだんは人目にさらさない。いってみれば、本尊という消失点が盗難によって消失してしまったのが今回の事件だ。
 本尊といっても彫刻である。仏様ではない。その彫刻を仏様に感じるように寺という空間はデザインされている。本尊は奥に奥に安置され、ふだんは人目にさらさないのも、そのための方法かもしれない。だが、そうなると、本尊を奥に奥に配置し、訪れた人々にその姿を見せない空間を作れば、本尊はなくても信仰の空間は成立する。お寺という空間はこういったパラドクスによって成立しているのか。
 ということを、今回の自演は図らずも露にしてしまった。
 きのうのお布施の透明化といい、本尊の盗難といい、どちらも信仰を支えている仕組みが露になるような事態だ。そんな事態に、宗教が耐えられるのか、無責任にだがちょっと考えさせられた。
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2008年10月20日

朝日新聞を読んで宗教について考えた@

 朝日新聞を読んで宗教について考えた。不真面目に。いい加減に。無責任に。
 今日の朝日の朝刊には宗教に関する面白い記事が二つ載っていた。
 ひとつは記事というより名物随筆の『天声人語』。青年僧ら30人ほどが「寺ネット・サンガ」という団体を旗揚げ、「お布施について、施主に充分説明し、使途も明示するなどして、信頼を得る道を探るそうだ」。
 お布施の透明化の試みというわけだ。こういう動きが出てくるということは、一般の人々お寺に対する不信感を、お坊さんの側も感じているということなのだろう。
 だが、使途を明示というがどんな細目になるのだろう。葬儀場などに来ていただいた場合は、お坊さんの交通費がかかる。お寺に行った場合はかからない。だが、寺使用料というものが発生するのだろうか。本堂使用料、待合室使用料、待合室ではお茶代やお茶菓子代が発生する。お坊さんの人件費、これは時給で計算するのだろうか。お経はひとつ当たりいくら、講話はひとつでいくらと決めるのだろうか。寺の維持費はここにはいるのか。
 実務的な金額を明示するというのも難しいだろうなあ。それらはあくまで周辺の経費で、お布施の価値の核となるものは信仰だ。突き詰めていえば、施主がいくら払う気があるかということ。施主が価値を認めなければ、お布施そのものがいらないということにもなりかねない。
 神社に行ってお賽銭を上げるとき、ほとんどがコインだろう。万札を賽銭箱に何枚も入れる人は少ない。そこに頼んでもいないのに神主さんが出てきて祝詞を挙げてくれたら、100円で得したと思うか少し御礼をしなければと思うかは人それぞれだ。だが、こちらからお願いして祝詞をあげてもらったなら、やはり万札を何枚か包まねばという心理になる。「使途を明示」することとこのあたりの心理はうまくなじむのだろうか。
 今年の夏、祖父の50回忌があった。母方の田舎である福井に行き、お寺さんでお経を上げてもらった。出発前、母は親戚に電話して、いくらぐらい包めばいいか相談した。地域ごとの相場のようなものもある。年寄りにしてこうなのだ。
 そういう意味では、「使途を明示」よりも相場というか金額を提示してくれたほうが払うほうも気が楽だ。金額のわかりにくい従来の寿司屋より、回転寿司のほうが気楽に入れるのと同じで、「一応常識的にはこのぐらい」ということを基準に、もう少し張り込もうとか考え易い。だが、お寺のほうが金額を提示するというのは「お布施」の考え方としては成り立つのだろうか。提示するとなると、根拠を示す必要が出てくる。信仰の「メーカー希望価格」を提示することになってしまう。
 友人に坊主がいる。彼のお寺に、霊感商法で買わされた壺だの印鑑だの仏像のようなものだのが持ち込まれことがあるという。持ち込む人はそれを処分したいのだが、やたらに捨てると罰が当たるような気がする。だから、お寺さんで何とかして欲しいというわけだ。仏教にこういう概念があるのか、正しくは何というのか知らないが、世に言う徐霊ということになるのだろう。お布施をいただいてお経を上げ処分する。そうすることで持ち込んだ人も安心するのだという。そのとき、お布施が1000円とか変に安いと安心できない。それなりの金額を払うことで、頼む側も徐霊できたと納得する。つまり彼によると、この一連の行為がセラピーの役割を果たしているというのだ。この場合は、払う側がそれなりの金額を払うことを欲しているわけだ。だが、このときそのお布施をセラピー料といってしまったら、セラピーの効果はなくなる。あくまでお布施という形をとることでセラピーが成立する。
 霊感商法といえば、霊感商法が流行ったころにも、お布施などの基準を宗教界で明確にすべきだという声が上がったという雑誌の記事を、読んだ記憶がある。ただ、これは諸刃の刃だとも書いてあった。数百円の交通安全のお守りも、数千万円の霊感商法の壺も、金額の根拠は買う側が信じるかどうかだけで、実際にご利益があるかどうかを保証できない。つまり、どちらも信仰以外に根拠のない、実態のないお金なのだ。余りに高いものは悪質だということは、少なければ許されるということであり、許されるということは本来悪いことというニュアンスを帯びる。お布施とご利益そのものを否定することにもなる。つまりこの問題に宗教界が踏み込むことは、自らの首を絞めることにもつながりかねない。
(明日へつづく)

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2008年10月19日

めがねめがね

 ずぼらな性格がどんどん加速している。ずぼらが加速すると行動は失速する。ずぼ、ずぼずぼずぼ。
 「めがねめがね」はやすきよ漫才の定番のネタだ。横山やすしが眼鏡を頭の方にずり上げ、一生懸命眼鏡を探す。スピード感はあったけど、今振り返るとのどかな感じがするなあ。
 この数日、めがねで困っている。私は3種類の眼鏡を使分けていた。遠距離用、中距離用、近距離用である。常用していたのは中距離用で、映画館などで遠くを観るときは遠距離用、本を読むときやコンピュータの画面を見るときは近距離用を使っていた。
 だいぶ前、まず常用している中距離用が見当たらなくなった。すぐに探せばいいものを、遠距離用と近距離用で済ましていた。これまではこんなことはなかった。すぐに探したはずである。だが、恐怖のB型人間なので、ひとつ気分のボタンを掛け違うとどうでもよくなってしまう。
 つぎに近距離用が見当たらなくなった。で、ここでまたあわてず騒がずどっしり構えてしまっている。なにしろ、近距離なら裸眼でも(うんと顔を近づければ)見えるのだ。
 結果遠距離用のみで生活した。 何しろここしばらくの関心事は、われわれは様々なズレによってものごとを認識している、ということだったのでピントのズレを楽しんでしまった。
 だが、しだいに心理的な影響が出始めた。遠距離用めがねと裸眼で生活すると、遠くとうんと近くは見える。逆に言えば、中距離はよく見えない。ところが、中距離こそ行動範囲なのだ。人と話すときに、顔の前まで顔をくっつけるわけには行かない。まあ2mも離れれば、顔ぐらい大きいものならはっきり見えるので顔全体では問題ないのだが、相手の目を見て話そうとするとうっすらとしてくる。1歩後ろに下がれば見えるのだがそれも失礼だ。さらに、自分の手を伸ばして何かをする範囲がうんと近くは見えるが、40cmぐらい離れると見にくくなる。その結果、現実感覚が薄くなっていることに気づいた。俺は今、ここではないどこかにいるのだという感覚。やばいぜこれ。
 さっきPCでビデオの編集をしていて、見にくさが進行している感じがした。細部に目の焦点を当てようとすると合うと思った瞬間にボケてしまう。カメラでいえば、バックフォーカスがずれているような感じで、ギリギリまで追い込んだ瞬間に細部はすり抜けていく。
 そろそろ眼鏡を探すか。
 つまりそれは、部屋の掃除をするか、ということなのだが。
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2008年09月26日

歩数計つけて帰ってきたぜ

 帰ってきたぜ。デジタル歩数計をつけて。
 約1時間、13583歩までいった。これできょうのトータル距離は8.149キロメートル。消費カロリー約800キロカロリー。
 家を出る直前が5413歩だったから、そのあと8170歩歩いたことになる。ふう。

 実はこのまえの写メールコーナーは、家に帰って風呂の中から投稿した。暑いからね。汗かいたしね。ああいい湯だ。チャポン。
 
 家はJRの駅と駅の間、3/2ぐらいの位置にあるが、遠いほうの駅まで歩き戻ってくるつもりだった。というかそうしたのだが、途中ちょっと知らない道を行ってみたら行き止まりになり、そこからはじめの角まで戻り、そこから来た道を戻らず脱出しようとしたら遠回りになってしまった。そもそも、きょうのコースは予定以上の歩数がいくコースだったのだが、道に迷ってさらに増えた。

 しかし、夜道を親父が1人で歩き、写メを撮ってる姿は怪しいだろうな。若いときはそんなこと全然気にしなかった。夜道で写真を撮ろうが、道路に模造紙を引いて鉛筆でこすりフロッタージュをしたときもとくいにこそなれ、怪しいとか、犯罪者ッぽいなんてかんがえてもみなかった。
 写真やビデオや映画を撮るということも、いまやすっかり怪しい行為になってしまった。

 以前ジョギングをしたときは、走るたびにめきめき痩せた。そのときは、元旦にジョギングを始めた。寒いときにはじめたのがタイミングとしてよかった。夏になると、朝7時を過ぎると暑くなって苦しかった。

 食事のあと30分くらいが軽い運動のタイミングとしていい、と聞いたので午後7時36分に歩き始めたが、夜風に吹かれての散歩いい気分だった。

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posted by 黒川芳朱 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

デジタル歩数計とともに

 こんばんは、糖尿病のメタボーグ0096ちゃんです。
 きょうは某高等学校で授業だったんですが、腰につけた歩数装置のカウンターは、まだ5413歩しかいってません。学校の最寄の駅から、バスに乗ったのが失敗でした。
 あれを歩けば、結構いったのにな。歩くとそれなりのハイキングコースです。ま、ようは田舎道ってワケですけど。
 歩数計をつけた初日は楽に1万歩いったので、何だたいしたことないなあ、やっぱり「万歩計」って老人向けのものかと思ったんですけど、なかなかどうして、きのうも8500歩止まりだし、1万歩いくのって苦労するんですね。
 きのうは8500で妥協したけど、今日は1万歩いこうと思います。で、これから残り4587歩歩いてくるか。夜の7時30分に。
 というわけで、戻ってきたらまた書きます。

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2008年09月19日

メタボーグ0096

 こんにちは、メタボリック症候群のクロカワ、人呼んでメタボーグ0096(ゼロゼロクロ)ちゃんで〜す。
 ♪加速装置がカチリと入り
 確かそんな歌詞だったように思う。サイボーグ009の一番最初の主題歌は。だが、ネットで調べた範囲では歴代のサイボーグ009の主題歌にそんな歌詞はない。私の記憶違いかなあ。なんせ小学生の時の記憶だもんな。しかも、その歌を聴いた記憶はなく、『少年キング』の誌面で見た記憶があるだけだ。怪しいもんである。
 とにかく、きょうからメタボーグ0096として生きることになった私は、起きて出かけるときに万歩計を腰に装着した。
 ♪万歩装置がカチカチ入り
 今日一日分の歩数と移動距離を測った。いろいろおかしなこともわかった。
 私の家は、千葉県の某市にある。まず、自宅からJR駅近くの銀行に行って金を下ろし、そこから少し離れた私鉄の駅に向かった。その駅では定期が買えないので、電車で2駅移動し今日からの通勤定期を買った。そして、そのまま電車で飯田橋に向かい、飯田橋で有楽町線に乗り換えて池袋へ行った。池袋の創形美術学校で授業をし、授業後JUNKDOに行き、三つのフロアーをかなり念入りに回った。そして、朝のコースの逆を辿り帰宅した。
 歩数にして11759歩、移動距離は7.055km、消費カロリーは550キロカロリー。なるほど、万歩計という言葉の実感がなんとなくつかめてきた。今日一日で、1万歩を少し超えるぐらいだったのか。でも、これじゃあいつも通りで運動にならないな。万歩というのは老人向けの基準なのかな。
 ただ、万歩計をつけたおかげでいろいろな誤差が気になった。駅でエスカレーターに乗って歩いたとする。ここで、「歩幅×歩数=移動距離」という公式は崩れる。エスカレーターが移動しているので歩いているのは「60cm×5歩=300p=3m」であっても移動距離は10mだったりする。
 もっとも、「歩幅×歩数=歩行距離」であることには変わりない。そうか、万歩計が測るのは身体運動の量で、移動距離ではないんだ。移動距離でいったら、電車に乗っている間はじっとしていても、ものすごい距離を移動しているもんな。
 ところがどっこい、電車に乗って座席に座り歩数を確認した。その時点で4768歩だった。飯田橋から池袋まで4駅座って降りる直前にチェックすると4771歩、座っているだけで3歩増えている。ありゃりゃ。ユレてるのね。
 ユレるといえば汚い話だが、トイレに入って小用が終わったところで腰をフル。胸騒ぎの腰つき。カチカチカチ、ここで3歩。電車の移動と水切りは同じか。
 意外と歩いているのが授業中。学生に実習させながら教室の中をうろうろする。学生がうろうろするのは徘徊だが、教師の場合は仕事だ。授業中はほとんど立ってるし、それなりの足の運動ではある。
 歩数に関しては目標設定をしないと意味なさそうだが、まずは自分の体の動きと周囲の状況のズレを意識するのが面白い。明日も万歩装置を装着してみよう。
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2008年09月18日

万歩計をゲット

 やばい。
 先日受けた健康診断で、腹囲が87だった。
 メタボリック症候群だ。
 夏は水分を取りすぎる。室内に籠りっきりの日もあるが、野外で仕事をすることも多いので、そういう日は水分補給が欠かせない。これは、熱中症対策としては不可欠なのだが、メタボ対策としては困りものだ。
 ひどい日は、4リットルぐらい飲む。甘いものは避け、お茶か水、ごくごくたまに(数日に1本)スポーツドリンクを飲む程度だが、とにかく水腹でぷよぷよだ。
 念のため、今計ったら85cmで、まだ限界ギリギリアウトだ。
 先日、大先輩の画家の葬儀の香典返しを、カタログショッピングの形でいただいた。 
 何をもらおうか考えた末、万歩計にした。自分買うには抵抗がある。だが、志半ばでこの世を去った先輩のことを考えると、体には気をつけなければと改めて思う。だいたい、歩くというのは毎日やることなので、その実態を知りたいとは前々から思っていた。つまり、万歩計は買おうかと思いながら、なかなか買う気持になれなかった物なので、このチャンスに手に入れることにした。
 おととい現物が送られてきた。いま、歩幅と時間の設定をした。私の歩幅は60cm、明日から歩数と距離を測定できる。
 気分は伊能忠敬だ。

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2008年09月17日

シュール、シュール、シュール

 今日は高校で映像の授業。
 女子チームは先週編集が終わったので、今日は次回作の企画コンテ作り。花より男子チームは編集。
 編集しながら「シュール、シュール」という言葉を連発している。シュルレアリスムはともかく、シュールという言葉はすっかり日常語として定着した感がある。
 よく見ていると、編集で前後関係がうまくつながらなかったり、唐突なときシュール・シュールといっている。前衛親父の私から見るとさほど唐突でもないのだが、まじめな高校生のためらいがそういわせているのだろう。かわいいもんである。
 以前教えた専門学校の学生が、自分の作品の面白くもない常識的なギャグをシュールだと説明したときは、とことん問い詰めてやった。ちょっと相手が悪かったな、サイトウくん。
 シュールという言葉が、これほど気軽に使われるようになったのはいつごろからだろう。
 「おいでイスタンブール、人の気持はシュール」。シュールを、シュルレアリスムとは直接関係のない修飾語として使ったはじめの例として、私が記憶しているのは庄野真代のあの歌だ。庄野真代のほかの歌のことはよく知らないのだが、あのフレーズだけは鮮明に記憶に残っている。作詞はちあき哲也。
 実は画学生仲間では、日常的に「これシュールだね」なんていうことは結構あった。文学青年や演劇青年のあいだでもあっただろう。だが、これはスラングに近い使い方で、そういった言葉を使うことで互いに仲間内であることを確認するといったニュアンスも強い。いまのようにテレビなどでも説明抜きに使われるほどは浸透していなかった。あの歌を聴いたとき、そういったスラング的な言葉を使ったところが斬新だと思った。
 その後、シュールが頻繁に使われるようになったのは、お笑いに関してだろうか。特にダウンタウンあたりの笑いをシュールというようになったころから、日常的にも使われる言葉になったように思う。
 私はダウンタウンの大ファンだが、本当に好きだからこそシュールというような言葉で褒めることはしたくないと思っている。
 シュールという言葉がこれほど浸透したのは、「シュール」というゆるい語感の面白さと同時に、実はシュールという感覚がかなり普遍的なものだからではないだろうか。
 この普遍的な感覚と、シュルレアリスムの先鋭的な意識の乖離が、運動としてのシュルレアリスムを終わらせ、シュールな感覚を娯楽や広告やコマーシャルアートの世界に広げることとなったように思う。

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